FEZ短編小説

最近、高校の時の友達と一緒にやってるネトゲ「FantasyEarthZero」から適当に書いてみました。
それほど中二な内容ではありませんが・・・

あと登場してるキャラクターは全部オリジナルです。

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時折、無性に昔のことを思い出してしまう時がある。


「―――君は?」

今から十数年前の話。

この世界・・・「メルファリア」には、巨大な大陸が6つ存在しており、
南東にある「ストリクタ大陸」を支配するは「ゲブランド帝国」。
まだ、ゲブランド帝国が世界で最も巨大な国だった頃、
とある低級貴族家の少年と、孤児だった自分が出会った。

物心付いた頃には孤児院に居て、親の顔は知らない。
その孤児院も、近くで何かの内乱が起こった際に、粉々になった。
唯一の拠り所だった場所も無くなって、山や谷をただひたすらに彷徨っていた。
食べるものも飲むものも無く、私の体力は限界を大きく超えていた。
薄汚れた服を着て、全身擦り傷だらけだった私は、
どこかも分からない大きな庭園の片隅で、疲労と空腹に苛まれつつ意識を失った。

そんな私を起こしてくれたのは、太陽の光を遮った、なにかだった。
空の様子を見ようと顔を上げたそこには、ソフトフェルトハットを被った赤髪の男の子が立っていた。
私と同じか、それとも私より少し年上ぐらいのように見えた。
いや、そんなことはどうでもよかった。再び意識が遠のきかけた頃に、男の子は話しかけてきた。

「僕はフィリップ・スコット・ランス。ここの家の長男だ。あ、フィルでいいよ。」
「・・・」
「ひどい怪我・・・してるね。君、大丈夫かい?」
「・・・」

フィリップというらしい男の子は、私の身を案じていた。

「――君は・・・君の名前は、何ていうんだい?」
「・・・エル」
「え?ごめん、よく聞こえなかったからもう一回」
「シエル・・・」

孤児院の頃に自分を区別する為に呼ばれていた名前。私はそれを呟いた。
本当の名前なんて無かった。存在したとしても知らなかった。知る由が無かった。

「今ちょうど僕の家に傷薬があるんだ。取ってくるよ。待ってて。」

フィルはそう言うと大きな屋敷に向かって走っていった。
私は、その走っていく彼の背を、うつぶせになったまま見つめていた。


「―――シエル、立てるかい?」
「・・・」
「とりあえず、僕の家で休むといいよ。部屋は一杯あるしね。」

フィルに連れられて屋敷に入り、おそらく来客用であろう部屋で休むこととなった。
見ず知らずでも、助けれくれたフィル。私は、彼に気づかれないように、そっと布団の中で涙した。

「・・・りがとう」

そして、部屋に居ていいよ、フィルにと言われ、行く所も戻る所もないので暫く部屋で過ごすことになった。
天気の荒れる山や谷と違い、屋根が覆う屋敷の中は圧倒的な安心感があった。
また、人見知りな私だったが、フィルが度々会いに来てくれたので、少しずつ人に慣れていくことができた。
彼のお陰で、私の体や心にあった傷は、少しずつ癒えていった。





ある日、部屋に来たフィルに、前から気になっていたことを尋ねた。

「その・・・腰に付いてる棒みたいなものはなに?」
「これは棒じゃないよ。」

そう言うと、彼は棒の中から白くて細長い剣を取り出した。

「これは、フェンサーが使う『刺突剣』だよ。」
「ふぇん・・・さー?」
「この剣を使う人たちのことだね。」

「僕の家は、『エフリシアの乱』からフェンサーとして、代々ゲブランドに仕え続けてきた家なんだ。
 まぁ、あまり活躍できてないから、未だに貴族階級は下の方だけどね。」
「ふーん・・・」

エフリシアの乱なんて聞いたことがないが、昔の話であることは確かなようだ。

「・・・これで人を殺すの?」

無垢であるが故に唐突で、単純かつ鈍重な質問を投げかける私。

「・・・そうだよ。」
「どうして?」

私は、フィルに容赦ない質問を続ける。

「・・・どうしてって・・・そうだな。」

フィルは少し考え込んだ。

「・・・自分の信じる道を歩む為じゃないかな・・・」
「信じる道・・・?」

当時の私には、この言葉の意味はよく分からなかった。

「一応僕も、この家を継ぐフェンサー!として訓練を受けてるんだけど・・・あまり上手くならないんだよなぁ。」
「フィル」
「何だい、シエル」
「・・・私も・・・私も、やってみたい。自分の信じる道を、歩いてみたい。」

言葉の意味はよく分からない。
でも、これがあれば過去の自分から生まれ変わるに違いないと、当時の私はそう考えていた。

「・・・フィル、私に『フェンサー』というものを教えて。」





こうしてランス家の屋敷の部屋に住みつつ、フィルにフェンサーというものを教えてもらうことになった。
基本的な姿勢や、構え、戦いの真意や、上手な体のこなし方等。
私にフェンサーのセンスがあったのかどうかは定かではないが、
私は、徐々に徐々に、フィルの覚えている限りの、フェンサーの極意を学んでいった。

しかし、ここで大きな問題が発生した。

私が、この家に住み込んでいることが、フィルの母親にバレてしまったのだ。
屋敷の家事手伝いが、私が居る来客用の部屋を空けてしまったことから、
私が無断で家に住んでいることが、すぐに発覚してしまった。
フィルは、自分も部屋掃除を担当して掃除は何たるかを知りたい、とかいう理由で
家事手伝いをこの部屋から遠ざけていたらしいのだが、
そのことをつい失念した家事手伝いが、私の居る部屋を空けてしまったのだ。

私はフィルは、彼の母親に呼び出された。


「フィル!あなた、自分がやったことわかっているの!?見ず知らずの人を勝手に屋敷に連れ込んで!」

フィルの母親は非常に怒っているようだった。

「でも、母上!怪我してる人が目の前に倒れていたら誰でも介抱するでしょう!」
「そういう問題ではないでしょう!?貴族家に孤児が住み込んでいた、なんて知られたら・・・あなたって子は本当に本当に・・・!」

彼女は右手を大きく振り上げ、フィルを引っぱたく・・・その寸前、リビングの両扉が開いた。

「・・・どうした、騒がしい。お前が久しぶりに作った夕飯が失敗でもしたのか?」
「父上!」

フィルの反応から察するに、扉から現れたのは、どうやら彼の父親らしい。
全身は軽そうな鎧で覆われ、青いソフトフェルトハットを被っており、やはり髪は赤色であった。
彼もかなりのフェンサーとして知られていると、フィルから何度も聞かされていた。

「なんだ、夕飯はまだか。」
「ちょっとあなた!フィルが・・・」
「フィルがどうし―――お前・・・誰だ?」

フィルの父親は、私を見つけると、目を細くして私を凝視した。
それは異常な程の威圧感があり、この眼の前では、どんな嘘も見透かされるに違いないだろう。
彼の眼差しに萎縮した私は、恐怖のあまり口を震わせていた。

「・・・僕の・・・僕の、新しい友達です。」

その時、フィルが口を開いた。

「・・・僕は、今まで父上や母上には黙っていましたが、実はあまり友達が居なかったのです。
 養成学校が終わった後も、フェンサーの訓練があると言って、毎日毎日早く家に帰る日々で、
 同じグループの人とも話すことはできませんでした。」

「でも、彼女―――シエルを、部屋で休ませた時、僕の新しい友達が出来る、と思いました。
 とても、とても嬉しかったんです。話が出来る相手が欲しかったのです。」

「シエルは孤児らしいのですが、せっかく出来た友達と別れたくありませんでした。
 だから、独断で家に住まわせていました。・・・これが、全部です。」

やはり、フィルも父親の前では嘘や口答えなどすることはしなかった。

「そうか。・・・俺としては、そのことを正直に伝えてくれなかったことが少し悲しいな。」
「申し訳・・・ありません・・・」

フィルを見ていた彼の父親は、再び私の方を振り向いた。
私の手の平を少し見た後、思いついたように私に話しかけた。

「えー、おほん。シエル、ちゃん・・・だったか?」
「・・・は、はい・・・」
「・・・手の平に、フェンサーにはよくある特徴的なマメが出来ているが―――」
「あ、父上、これは・・・」

フィルが彼の父親の言葉を遮る。

「いいから落ち着け、フィル。シエルちゃん。フェンサーをやっているのか?」
「・・・は、はい。フィルから教えてもらっている形ですけど・・・」
「ほう、フィルから・・・」
「なんとか頑張って、彼が言ってた、『自分の信じる道を歩む』というのをやってみたい・・・と思って・・・」

フィルの父親は、黙って少し考え事をしているようだったが、すぐに口を開いた。

「・・・そうか。俺から少し、シエルちゃんに頼みごとがあるんだが。」
「えっと・・・どのような事でしょうか・・・?」

一拍置いて、静かな声で私に話しかける。

「・・・フィルの相手をしてやってくれ。飯は一人分ぐらい普通に出せるだろ。」

「あなた!?一体何を考えてらっしゃるおつもり!?」

話を静かに聞いていたフィルの母親が、急に表情を変えて大声で叫んだ。

「いいじゃないか。フェンサーとして『やれないことはない』なら、フィルのいい練習相手になれるだろう。
 レベルの近い相手と戦うのが一番上達が早い。お互いがな。」

後から知ったことだが、彼は、当時のフィルのフェンサーの実力が頭打ちになりかけていることには、
既に気が付いており、何かしらの対策案を講じようと考えていたところだったそうだ。

「俺と戦っても、何で負けたのか、何の差があるのか、なんて、俺が知るわけがない。
 それは本人しか分からないし、そもそも俺とフィルじゃ差があり過ぎるしな。
 つまりは丁度いいレベルの相手が見つかった、そういうことだよ。」

「なんで・・・!?そんなのおかしいじゃない・・・!!!」

フィルの母親は顔を真っ赤にして、リビングから出て行ってしまった。
このときは、彼女の異常な様子に私は驚いていたが、二人はあまり動じている様子は無かった。
おそらく、彼らにとってはいつものことなのだろう。


「・・・シエル、やったね!」
「うん!」

喜び、お互いを見つめ合う二人。
その二人の顔を見つつ、フィルの父親は二人に忠告した。

「おい、喜ぶのはいいが・・・ちゃんとフェンサーについて教えてやれよ。フィル。
 お前が、他人に教育がキチンと出来るか、そういう意味合いも含んでいるからな。」
「分かっています、父上。いい友達として、いいライバルとして、シエルにフェンサーの極意を教えます。」




後日、フィルの母親が急逝した。
もともと持病があったそうだが、血を頭に上らせすぎたせいで持病を悪化させて逝った、とか言われていた。
実際はフィルの父親の貴族称号にすがり、媚びへつらうだけの女だったらしく、
フィル自身や彼の父親もあまり好んでもおらず、小規模な葬式だけさっさと挙げて済んでしまった。




フィルの母親が急逝したことで、私を目の敵にしている者は居なくなった。
そこで、フィルの提案で、私をランス家の養女として迎え入れることになった。

当時話してくれたのだが、孤児をいつまでも屋敷に住まわせるのは世間体的にどうか、という建前だったが、
本音は、私の『孤児』という肩書きを、どうにかして和らげてあげたいと、フィルが思ったからだったそうだ。
ミドルネームには、世界の中で、この大陸がある地域を示す言葉として存在する「フェリックス」から取って、
「フェリシア」と名づけられた。そうして、私の名前は「シエル・F(フェリシア)・ランス」ということになった。

どちらにしろ、これで、私はこれでランス家の一人として、そして、この屋敷で本格的にフェンサーを学ぶこととなった。
養女入りして数年経った頃だったが、私の気持ちにも、大分余裕が出来始めた頃でもあった。


「・・・で、暗闇の中でも相手の姿を捉えることが出来る『キーンセンス』。これをやってみよう。」
「『keen sense』・・・鋭敏な感覚・・・ってとこね。どういう技?」
「こういう状態の時に役立つんだよ。」

そう言うと、彼は私の目に黒い布を巻いた。所謂「目潰し」状態の再現だろう。

「うわ・・・ちょっ、こんなの何も見えないじゃない!」
「そういうもんだって。いいかい?シエル。心の眼そのままを信じるんだ。」
「心の眼を信じろ、って・・・あんたねぇ・・・」

彼は腰に刺さっていた鞘から刺突剣を抜き、目潰しされた私に向かって容赦なく刺突剣を振るう。
普通なら剣を防ぎようがない状況だが、私は彼の一閃をたやすく受け止めることが出来た。
見えるのだ。自分の周囲が、うっすらと。

彼は私の目に巻いた黒い布を取ると、それを近くにあった椅子に掛けた。

「ま、キーンセンスは特別な技術なんて要らないから、こんな感じでいいかな。」

彼のテクニック講習は、まだまだ続くようだ。


「・・・次は、ストライクダウンかな。」

刺突剣を持ったまま、構えを解くフィル。

「さて、シエル。僕に向かって『ダウンドライブ』を本気でやってくれ。」
「えっ・・・大丈夫なの?」
「大丈夫。本気でやってくれ。」
「なに・・・フィル。あなた、Mっ気でもあるのかしら・・・?」
「違うよ!?全然そんなことないよ!?」
「じゃあ・・・とりあえず本気でやるわよ」

私は、その場で練習用の刺突剣を構えた。
彼の様子に躊躇しつつも、彼に教えてもらった技を繰り出す。

「・・・ダウンドライブ!」

刺突剣で、相手の足を掬う技。
この技を受けた相手は、宙に舞い、その体を地面に叩きつけることになる。
極められたそれは、屈強で巨大な斧を持つウォーリアですらその体を浮かせるといわれている。
完全に、私の刺突剣が彼の足を捉えた、そう見えたが―――

「ッ・・・!?」

その刹那彼は、私の剣をいとも簡単に、そして滑らかに受け流し、剣が抜ける方向へ逆に押し出した。
振るった剣に予想外の力がかかった私は、腕の力だけでは衝撃を吸収出来ず、
体のバランスを崩し、そのまま尻餅を付いてしまった。

「なによ・・・それ・・・」
「これが、ストライクダウン。精神を一点に集中し、相手の攻撃を受け流し反撃する技だ。
 僕が最も得意とする技でもある。」

彼は、私に手を差し伸べ、私を立ち上がらせてくれた。

「フェンサーの強みは、ストライクダウンが出来るのが半分と言っても過言じゃあないからね。」
「そうなの・・・」

「じゃあ、僕が今度はダウンドライブを出すから、今僕がやったようにしてみて。タイミングさえ分かれば返すのは簡単だよ。」
「そんな、急にやれって言われても―――」
「大丈夫。」

焦る私を落ち着かせ、にっこりと笑いながら彼は言った。

「シエルなら、出来るよ」

そう言われるだけで、なんだかどんなことでも出来るような、そういう気持ちが心の底から湧き上がっていた。
今思い返すと、この頃から私は、彼に別の感情を持ち始めていたのかもしれない。








ランス家に養女入りして、フィルにフェンサーの技術を教わり続けること数年。
フィルの父親も、私のフェンサーの実力を認める程になっていった。
フィルと共にフェンサーとしての道を歩いていく、そんな平和な毎日に、私は幸せすら覚えた。

だが、時代の流れは、決して路線を走る列車のようではなかった。

そう、その頃、ゲブランド帝国内部にて、大規模な内乱が発生したのだった。
首謀は傭兵将軍ウィンビーン。彼を筆頭に、ゲブランドに存在する多くの旧王家らが一斉に蜂起した。
後に「カセドリア連合王国」が成立される、独立戦争である。

「内乱、始まったのね・・・」
「シエル」
「・・・なに?」
「残念だけど、フェンサーの勉強は今日が最後だ。」
「えっ・・・?」

フィルと彼の父親は、鎮圧隊の本隊に参列することを決めたのだ。
代々ゲブランドに仕えてきた貴族家であるランス一家が、
国の危機ともあろうのに、平和に傍観する訳にはいかなかったのだ。

「・・・行くの?」
「ああ。」
「どうして?」
「・・・ランス家はゲブランドに忠誠を誓っている貴族家なんだ。国の為に、戦わなければならない」
「どうしても?」
「・・・ああ。」
「それなら私も行くわ!」
「それは駄目だ。」
「それってどういうことよ!養女だけど私だってランス家の一人よ!」
「・・・君は今日でそのランスの名も捨てた方がいい。その方が家のイザコザに巻き込まれずに済む」

私は両手でフィルの肩を掴むが、彼は私から眼を逸らさずに言った。

「なんで!どうしてよ!私だって、端くれとはいえ立派なフェンサーよ!」

至って冷静なフィルと、冷静さを欠いている私がそこには居た。

「シエルには分からないだろう。これは『戦闘』じゃなくて『戦争』なんだ。
 戦争は局部的なものじゃなくて、広く全体的なものなんだ。」
「だからそれが何なのよ!どうしたっていうのよ!」
「君は、戦争について何も知らなさすぎるんだ。」
「敵を倒せばいいだけでしょ!?そんなの簡単よ!」

この言葉がいかに甘ったれていたかは、この時の私は知る由も無かった。

「そうか。敵を倒せばいいだけ、か。じゃあ、ここでやってみるかい。僕と、戦争を。
 この時だけ、僕は君の敵となろう。君に戦争で戦える覚悟があると認めたら、君も本隊に参列するように懇願しよう。
 ただし、覚悟がないと分かったなら、君は内乱が終わるまで、安全なこの屋敷で待つんだ。」
「・・・いいわよ、私にも、覚悟はあるわ!」

刺突剣を鞘から抜き放つ私と彼。
いつもの訓練の雰囲気とは違い、殺伐としていて、まさに真剣そのものだった。
じりじりとお互いの間合いに近づく二人。お互いの間合いの一歩手前で、二人の足は止まった。

「はっ!」

私は先手を取った。最小の予備動作で刺突剣を振るう私。
フィルはそれを剣で受け止める他無かった。
彼の言葉からも、訓練からも分かっていたが、彼が得意とするのは、反撃技であるストライクダウン。
ストライクダウンは、見てから返せない程早く、そして攻撃タイミングを測りづらくすることで、
未然に防ぐことが出来るのだ。

「フラッシュスティンガー!」

離れたところまで切り刻む、三連続の突きによる衝撃波を出す技。
これも彼に教えてもらったものだが、訓練を重ね、とにかく速さに磨きをかけていた。

「くっ・・・」

見てからストライクダウンで返せるような速さではない。
三連の突きの衝撃波は全て剣で防がれたものの、フィルはほんの一瞬だけ怯んだ。
私は、その隙を見逃さなかった。

「フィニッシュ―――」

最後の一撃を決める瞬間、彼の刺突剣が微かに動くのが見えた。
熱くなって意識の外だったが、フラッシュスティンガーからの
追撃のフィニッシュスラストのタイミングは丸分かりだったのだ。
ストライクダウンを狙われていることを察し、私は伸ばしそうになる腕を無理やり押さえ込み、
なんとかストライクダウンで返されずに済んだ。

が。その行為こそが私の最大の隙だった。
彼は、私がフィニッシュスラストを中断した一瞬の隙を見て、刺突剣を私の喉元へ突きつけた。
鈍く光る刺突剣。その切っ先は、私の喉を覗いている。私の負けだった。
ストライクダウンを読んだ私は、彼との読み合い合戦に負けてしまったのだった。

「・・・ストライクダウンの強みは、相手の攻撃に反撃できることではあるけど、
 相手にストライクダウンを意識させることが出来る、それが強みなんだ」

剣に意識を集中するストライクダウンから、相手の動きが一瞬止まったのを見てから
構えを翻し剣を突きつけるなど、よほど異常な人間にしか出来ないだろう。
では、一体何が起こったのだろう。

「ディシートアクション」

剣に意識を集中するストライクダウンと違い、相手に意識を集中するストライクダウンである。
ストライクダウンと同じ構えを取るが、反撃は出来ず、ただ無防備なだけである。
しかし、ストライクダウンを読んだ相手から生まれる一瞬の隙を突けるという。
使いこなすのはストライクダウン以上に難しい技だ。

そして、ディシートの文字通り、私はフィルのストライクダウンの構えに騙されてしまった。

「シエル、君には覚悟があるかい?」

私の喉元に刺突剣を突きつけたまま、彼は私に語りかける。

「僕がこのままこの剣で、君の喉を貫けば、君は間違いなく死ぬだろう。」
「・・・」
「でも、君にはこうやって死ねる覚悟があるかい?」
「・・・」

そんなものあるはずがなかった。戦闘で死ぬなんて考えられなかった。
そもそもフェンサー自体は機動力に優れ、単独行動での生存率は非常に高いことに定評があり、
戦闘ではまず死ぬことはないと言われている。
しかし、フィルが言っていたように、これは戦闘ではなく、戦争。
何が起こって、誰かが死んだとしても、何もおかしくはない。
生存率の高いフェンサーが死んだって、誰も討論を始めたりはしないのだ。

当時の私にとって、戦争の壮絶さは途轍もなく巨大な何かだったと言えるだろう。
その片鱗を僅かにでも知った私は、押し寄せる恐怖に腰が砕け、その場に座り込んでしまった。

「フィル・・・フィル・・・私も・・・私だって・・・」
「君の気持ちも分かっているよ、シエル。だけど、それでも君には戦争は似合わない。
 戦争は人が戦い争う訳じゃない。人の信念が、戦い争うんだ。
 君には、『この国に尽くす信念』は無い。」
「信念・・・それって・・・」
「そう。『国に尽くす信念』、これが僕の信じる道なんだ。」

初めて理解した。信じる道を歩くということ。そしてこれが彼の信じる道だということを。
では、私の信じる道とは何だったのだろう。
恐らく何も無かった。ただ単純にフェンサーとしての実力を付けているだけだった。
当時の私は、まるで調味料のまったく付いておらず、
串が刺さっただけのフランクフルトのようであっただろう。
そんな私が戦争に出たとしても、一体何が出来たのだろうか。
それは当時の私でも理解できた。しかし理性では理解できたが、本能では理解できなかった。
彼と居たいという本能が、理性の全てを否定した。

「でも・・・でも・・・!!」

私は嗚咽して、両手で彼の足に必死に縋り付いていた。
親に駄々をこねる子供のようだった。
そんな情けない姿の私を見た彼は、屈んで私の涙を手で拭ってくれた。

「シエル。僕は君が傷つく所を見たくないんだ。
 こんな、どうでもいいような内乱で、君に命を落として欲しくないんだ。
 だからここで、この屋敷で、僕が帰ってくるのを待っていて欲しい。」
「フィル・・・」
「泣かないでシエル。大丈夫。この内乱が終わったら、必ず戻ってくる。約束だよ―――」




コンコン



不意に、扉をノックする音が聞こえる。
その音が私の意識を、自分の世界から今の世界へと呼び戻させた。

何度振り返っても同じ結論しか思い浮かばない。
あの時――数年前の私には、信念・・・自分の信じる道は何も無かった。それが歯痒かったとは何度も思う。
でも、こうやって回想に耽る今の私には、何かの信念があるのだろうか。
しかし今は、他部隊での下積みを重ね、養成学校で出会ったユユとペティと共に部隊を新設している。
少なくとも、あの時の私とは違う。違うのだ。

コン――

「っるさいわね!」

バタン、とものすごい音がする程強く扉を開けた。人の回想録を邪魔する奴は誰だ。
そこに立っていたのは、鼻血を流している少年。

「・・・で、何か用かしら?」

彼の眼は一見して未熟だが、当時の私がしていた眼よりは、遥かに大人であるかのように見えた。

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