FEZ小説 独立戦争編

ラナス城跡地の統括官である、ホルスター・ビーハイヴが言っていたことは正しかった。
ラナス城の跡の近くに、周囲の自然に身を隠すような形で、ひっそりと佇む屋敷があった。
付近の建築物は皆ボロボロで、地面も荒れてたままであったが、
この屋敷を含む一帯の自然環境だけは、戦火の影響をあまり受けていないようだった。

フィルは、その屋敷の門をくぐった。

戦火の影響は受けていないのだろうが、屋敷には植物の蔓が伸び、レンガにはヒビが入っている。
経年による劣化・風化なのだろう。

しかし、ちゃんと水も引いてあり、つい最近まで人間が生活していた形跡も残っている。
いやもしかすると、今も人間が『生活している』可能性だってある。

屋敷の様子を調べ終わった彼は、正面にある大きな両開きの扉を叩いた。

「誰か居ますか?」


……


もう一度戸を叩く。
声を出してみても、何も反応が無い。

フィルは、この屋敷には今は誰も居ないようだと判断した。
ふと、扉に手を掛けてみると、扉は簡単に開いた。
もしかすると、ここの住人は、戸締りができていないことに気づいていないのかもしれない。

中に入ると、そこは広くて美しい広間が出迎えてくれた。
外側は老朽化が進んでいた様子だったが、内側はしっかりと整備されているようだ。

その中で、フィルは広間の横に並ぶ、観賞用の鎧が持つ剣が目に留まった。

「これは……」

この鎧が縦に構えている細長い剣――刺突剣は、フィルの父ライオネスがが昔から愛用していた『ペラギアヒルト』と全く同じも

のであった。
フィルは思わずそれを手に取った。
見たところ使用傷は入っておらず、この刺突剣は全く使用されていない事がわかる。
しかし、デザイン、重心や重量といった全ての感触が、ライオネスのそれを持った時と同じ感覚だった。

フェンサーは、ウォーリアの亜種のような存在ではあるが、まだ一般に認められたクラスではない。
そして、そのフェンサーのみが使う刺突剣は一般には流通していない。
基本的には、オーダーメイドにより職人が手間暇掛けて作る武器なため、同一の刺突剣が存在することはほぼありえない。
フィルは、手に持っていた刺突剣を元に戻し、可能性を考えてみた。

考えられるものとしては、ライオネスの刺突剣は二本作られていたということ。
一本はライオネスのもので、もう一本は彼と親しい人間が手にしたと考えられる。


「おい、そこのお前。何をやっている?」


背後から鋭い声が聞こえた。

その人間は、赤い布地が隙間から見える白き鎧を纏い、背中には黒のマントを羽織っている。
まさに、フィルの父が身に着けていた防具の『色違い』のような装備を身につけた女性が、フィルの振り向いた先には立ってい

た。

フィルは、屋敷の扉の鍵が開いていたことを説明することにした。

「この屋敷の人ですか?
 良かった。鍵が開いていて、戸締り出来ていませんでしたよ」
「……なるほど、堂々とした盗人と見えるな」

どうやら盗人に見えたらしい。
それは確かに刺突剣は高価な武器であり、それが飾ってある目の前に立っていれば、
そう思われても仕方はないかもしれないが。

「すみません。戸を叩いても反応が無く、鍵が開いていたので……
 もしかしたら何かの事件に巻き込まれた可能性があるかと思い、無断で上がらせていただきました。申し訳ありません」
「鍵が開いていたからと言って、他人の屋敷に堂々と入るのは感心できんな」
「いや、何も盗ってないですから――」

なんとか彼女を説得しようと言葉を考えていたフィルだったが、いつの間にか、自分の正面から彼女を見失った。
気を逸らしてしまったその瞬間か、はたまた瞬きをした瞬間か――

――だが、彼女は既にフィルのすぐ懐にまで既に飛び込んでいた。

「――!」

それが彼女の攻撃であると判断したフィルは、咄嗟に腰の刺突剣を抜いて防御した。

金属と金属がぶつかり合う激しい音がした。

女性は、既にフィルの後ろを抜けていて、彼が振り向くより先に、広間の奥にある階段の踊り場に立っていた。

そんな彼女の右手には細身の剣――刺突剣があった。
つまり、彼女もフィルと同じ『フェンサー』である。
先ほどの動きと、彼女の風貌から見るに、かなりの腕の人間と見える。

「剣を抜いたな」
「『あなたの剣に対する自己防衛行為』です」
「なら、私も『お前の無断侵入に対する自己防衛行為』だな」

女性は、その場で腰をかがめるように刺突剣を構える。

(お互いに間合いの外だが……)

フィルも、相手の行動を警戒して、構えを戻さない。

その次の瞬間。
恐るべき脚力で、階段の踊り場からお互いの間合いの内に、一瞬にして飛び込んできた。

(これは……っ!)

頭で認識することはできたが、突然の急襲で身体の反応が遅れる。

なんとかこちらの刺突剣で、彼女の刺突剣を弾くことに成功する。
あの早さでは、武器を構えていなかったら、防御を行うことすら出来なかっただろう。

刺突剣を弾かれた彼女は、すぐさま間合いから離れ、また間合いの外に跳躍していく。
自分では考えもつかないような立ち回りを行うフェンサーであると、フィルは体感した。

カウンター技――すなわちストライクダウンに特化し、
相手の攻撃を正面から見切り、跳ね返す『後の先』のフェンサーがフィルであるとするならば、
機動力に特化して、相手の攻撃を躱しつつ、翻弄する『先の先』のフェンサーは彼女であるといえよう。

それほど、彼女の機動性はフィルを圧倒していることが分かった。

確かに、軽装であり素質として高い運動力が求められるフェンサーの機動力は、他クラスよりも高いだろう。
足元に意識を集中させ、他には真似できないような足運びで高速移動することはできる。
しかし、彼女の行動は『攻撃を兼ねた移動』そのものだった。
正面からの殴り合いに特化したウォーリア相手ならまさに自殺行為だが、スカウトやソーサラーといった相手なら脅威の一言に

尽きるだろう。

「そこから死ぬまで動かないつもりか?」
「僕はどっしりと構えて戦う人ですからね」

ただ、フィル自身もフェンサーであるということを忘れてはならない。
最大の防御手段であり、かつ攻撃手段である『ストライクダウン』。
これをどう活かし、利用し、立ち回っていくかがフェンサーの鍵である。

先程の移動攻撃は、速さはあるものの、動きが特徴的である程度読みやすいことが分かった。
タイミングさえ読めればストライクダウンで落とすのは楽だろうとフィルは推測する。

「……いいだろう、ならばそのままこの剣で蜂の巣にして、外界に晒してやろう」

再び彼女は姿勢を低くして、刺突剣を構える。
これだ。これが移動攻撃の予備動作だ。
フィルはストライクダウンで叩き落す準備をする。

彼女は勢い良く跳躍した。
フィルは、タイミングを合わせストライクダウンの構えを取り、集中を始めた。

一見無敵に見えるカウンター技、ストライクダウンだが、もちろん弱点もある。
その一つは、無駄にストライクダウンを構えを取ってしまうことである。

ストライクダウンは、相手の攻撃を受け止め弾くという特性上、比較にならない程の集中力が必要である。
そのため、どう訓練しても集中力が切れてしまう限界が存在する。
集中力が切れた瞬間は無防備になるため、そこを攻められると容易に突破されてしまう。
それを理解している相手から見れば、目の前で無駄にストライクダウンの構えを取るのは自殺行為も同然である。

彼女はフィルと同じフェンサーであった。その特性――弱点を知っていてもおかしくはなかった。
彼女が跳躍した先は、ストライクダウンを構えるフィルではなく、彼の少し後ろだった。

(しまった……っ!)

完全に真後ろを取られる形となったフィル。
『タイミングをずらされた』と気付くのが早かったお陰で、ストライクダウンの構えを早く解くことができた。
彼女が着地して攻撃を放つ間には振り向けそうだ。

そこはお互いに間合いの内。お互いが刺すか刺されるかの世界だった。
フィルに出来ることは、刺突剣を正面に構えて刺されるより先に刺すか、
今の全身の神経状況を利用し、再びストライクダウンを構えるかの二択。
ただ、瞬間的な流れとしてはフィルは後手に回っていることになっている。

(くっ……!)

フィルは、神経状況を維持し、ストライクダウンで彼女の追撃を跳ね返す選択肢を取った。


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