ライオネスの遺した言葉に従い、ラナス城跡を訪れた彼の息子フィルは、
もう一人のフェンサーであるクヌートと出会うことになった。
ライオネスは若い頃に、偶然ゲブランド首都ルーンワールを訪れていたハーデクと酒場で意気投合し、
新しい戦闘スタイルである『フェンサー』を確立させるべく、二人で研究を始めたという。
しかし、戦争が二人を分かつこととなった。
ゲブランド帝国の兵士であるライオネスと、ラナス城主であったハーデクは、
『フェンサー』を完成させられぬまま、二人は離れ離れになってしまった。
しかし、二人の今までの研究の成果を水の泡にするわけにはいかず、
各々が独自に研究を進めた『フェンサー』を、自分の子供に教えさせることにした。
ハーピィの消えたラナス城に、ゲブランドの侵攻が決まった時、ライオネスはいの一番に逃げるようにハーデクへと連絡を送った。
しかし、彼は領土や配下を見捨てて逃げるような人間ではなかったため、それを拒否した。
代わりに、彼の娘であるクヌート、彼の息子のスヴェンのことを頼まれたライオネスは、
彼女らが乗りラナス城を離れる馬車を、軍規を無視してまでも、わざと見逃すことにした。
その後、ラナス城は陥落し、ハーデクは命を落としたという。
フィルとクヌートは、お互いが『フェンサー』で会得した技術を、お互いに研究し合う事にした。
驚くことに、二人は同じ『フェンサー』であったが、流派が違えば技術も変わるように、
両者の技術は『似ているようで似ていない』ものだったことが分かった。
フィルの『フェンサー』は、敵の攻撃を真正面から受け止め、跳ね返し、反撃する戦闘スタイルであるのに対し、
かたやクヌートの『フェンサー』は、機動性を生かし敵を翻弄しつつ攻撃する戦闘スタイルであった。
とある二人の男が作った新しい戦闘の流派である『フェンサー』は、
数年の時を掛けて独自の変化を遂げ、そして今、その技術が一つに纏まろうとしていた。
二人が研鑽を始めてから数日が経った頃、クヌートの屋敷にとある人物が訪れた。
ただ、その人間の目的は、屋敷の主クヌートではなく――
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「フィル坊ちゃま、ここにいらしましたか」
フィルにとって、聞き覚えのある低い声が部屋に響く。
声の主は、黒と青の配色が特徴的なブレオナスト一式防具を身に纏う男ソーサラー。
その男は、かつて鎮圧軍第一部隊の参謀長を務めたソーサラー、ディラン・スカラブレックであった。
彼は綺麗な蒼髪をしているのだが、年齢のせいかところどころ白髪も目立っている。
フィルの父とは古くから関係があるらしく、昔は屋敷の執事も務めていた彼は、
フィルが幼い頃からよく見知っている人間の一人だ。
彼は、フィルを見ると深々と一礼した。フィルにとっては、屋敷で見慣れた光景であった。
「此度は、元第一部隊員代表として、一つ物申すために首都ルーンワールから馳せ参じました」
「はい。それで、僕に何の用ですか」
「単刀直入に申しまして――」
ソーサラーの男は、すぅと息を吸い、驚くべき言葉を発した。
「鎮圧軍第一部隊の隊長を務めて頂きたいのです」
第一部隊……フィルの父や主戦力の多くを失い、事実上崩壊した第一部隊を再編すると、この男は言っていた。
「再編……しかし、第一部隊の兵士は先のハンナハンナ島の戦いで、
その殆どを失ってしまっているのは、あなたもよく知っているはずですが」
このソーサラーも、あの微塵にも思い出したくもないハンナハンナ島から生き延びた人間の一人である。
第一部隊の壊滅状況を知っていないわけがないだろう。
「それが……生き残った元第一部隊のメンバー全員が、再び戦うことに躍起になっておるのです。私を含めて、ですね」
「……」
さらに、ソーサラーは言葉を続ける。
「さらに、それだけではありません。同じように隊長を失った他部隊の兵士も、第一部隊へ参入することを望んでます。
彼らが合わされば、今まで以上にない、大規模な部隊を結成することが出来るでしょう」
「ですが……」
「第一部隊の崩壊の報せがゲブランド帝国全体に広がるのも時間の問題です。
自軍の士気がまだ高い状況の今が、部隊再編の好機かと私は考えます」
フィルは、ため息を一つついた。
「……他に適任は居ないのですか?」
「私と、第一部隊の者達の信頼に足る人間は、ライオネス様亡き今、フィル坊ちゃましかおりません」
どうやら、この男は自分を信頼して、本気で説得しに来ているようだと、フィルには分かった。
そんな人間の頼みを無下に断るほど、彼は冷徹な人間ではない。
……勿論、断るつもりも無かったが。
「分かりました。すぐに準備します」
「感謝感激の極みにございます、坊ちゃま」
フィルは、ある馴染みのある単語に、違和感を覚えた。
「その、『坊ちゃま』っていうのは、もうやめてくれませんか。
確かに僕は、まだまだ子供みたいなものですし、昔からそう呼ばれていましたが……」
「申し訳ありません、フィル『様』」
「……ありがとうございます」
それを聞いて、再びフィルに深々と一礼した男ソーサラーは、扉の向こうへと消えていった。
「――話は済んだようだな」
後ろから、この家の主の声が聞こえる。
彼女を見ると、申し訳ない気持ちがフィルの心の底から沸き上がってくる。
「クヌート……なんていうか、すまない。
技巧の練磨に協力するとはいったが、短い間しか手伝えなかったことを許して欲しい」
「何を謝る必要がある。部隊長の子なんだ、いずれこうなることは分かっていた」
そして、彼女は視線を自らの刺突剣へ向ける。
「それに、君の技巧をこの目で見て、それを実際に試すことができた。
私の知らない新たな境地を、僅かながら垣間見ることができた。それを糧にして、私は再びフェンサーの研究に徹するよ」
「……そう言ってもらえると助かるね」
「そうだ、最後に渡しておきたいものがある。ついてこい」
クヌートに招かれて、フィルは屋敷の地下の部屋に入る。
部屋の奥の大きな箱が目に入った。
家主が鍵を取り出し、その箱を開けると、中には先の尖った骨のようなものが横たわっていた。
「これは?」
「お前の父と、私の父上が協力して作った刺突剣『モノケロスホーン』だ。手に取ってみろ」
フィルは、その『モノケロスホーン』を手に取った。
鉄拵えの刺突剣と比べ軽量化しているものの、高い貫通力と高い強度を兼ね備えた刺突剣であるとフィルには思えた。
恐らく、非力な女性でも簡単に扱えるような素材で構築されているのだろう。
見た目は鉄製のものよりも無骨な雰囲気だが、今までに見たことのある刺突剣でも、最高級のものだと言える。
「こんな逸品を……ありがとう」
至高の剣を手に取って、浮かれる男をクヌートは叱咤した。
「おい、やるとは言ってないぞ」
「え?」
「『貸す』だけだ。必ず『私の所に』返しに来い」
それを聞いたフィルは、少し笑った。
「分かってるさ」
こうして、フィルは部隊長として再びゲブランド軍に身を投じることとなり、彼の戦いは再び始まった。
しかしこの彼の戦いが、独立戦争が、後に様々な物語の引き金となることは誰が予測できただろうか……
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