FEZ小説 独立戦争編


暗闇の、静まり返った部屋の中ですら、何かにかき消されそうな程に小さい声が、フィルには聞こえた。
その刹那、彼はすぐさまキーンセンスで周囲の様子を確認する。
横になっているフィルの右側に、『誰かが立っていて、何かを構えている』のが、彼は感じ取ることが出来た。

「……っ!」

フィルは咄嗟に横方向に転がり、短剣による一閃を回避した。
そのままスカウトと反対の位置に、ベッドから流れるように降りる。

「誰だ?」

フィルは、正体不明のスカウトに問いかけるが、何も聞こえなかった。
暗闇の中で、相手の位置は『キーンセンス』で感じ取ることが出来るが、
フィルは素手で、向こうは短剣を持っているのは間違いない。
さらに刺突剣は今と反対側の机の側にあり、すぐに手に取れそうな位置にはない。部屋のランプもその机の上だ。
お互いに間合いの外だが、フィルの背後は壁。この場から簡単に逃させてはくれないようだ。

(どうすべきかな……)

全神経を感覚に研ぎ澄ませたまま、フィルは様々な打開案を思慮する。
ベッドを挟みお互いに睨み合う中、スカウトの近くで何か金属音のような音がしたのを、彼は聞き逃さなかった。

(何の音だ?)

そう考える間も無く、次は奥の壁際から石が壁にぶつかるような音がした。
スカウトは全く位置を移動していないと感覚で分かるのだが、何か異変が起きているようだ。

その刹那、轟音と共に部屋の奥から閃光が迸った。
暗闇の中での一瞬の出来事であったが、目が慣れつつあったフィルは
閃光を直視してしまい、思わず顔を背ける。

(閃光弾!?)

熟練した人間同士の戦いでは、一瞬の隙が命取りになる。
彼が怯んだのを確認したスカウトは、一足飛びでベッドを越え、隙が出来た彼を目掛け攻撃を仕掛ける。

だが、目が見えなくともフィルには「視えて」いた。
スカウトが跳ね、ベッドを飛び越す瞬間を、キーンセンスで捉えていた。
フィルは体を左にひねり、空中から降り下ろされる短剣を紙一重で回避する。

空を切る短剣だったが、すぐにスカウトは逆手のまま短剣を振りかぶる。

(このタイミングなら!)

フィルは精神を両腕に集中した。
相手の攻撃の勢いを利用し正方向に弾くことで、体勢を崩すことに成功する。
そのまま前に来た右腕を掴み、ベッドに押し付ける形で相手の腕を固めた。

「……全くヒヤリとしたよ。泥棒騒動のスキに部屋にハイドで忍び込んだんだろう」

フィルにとって短剣程度なら、素手でも攻撃を叩き落とす(ストライクダウン)ことは容易であった。

「フィリップ様!」

大きな音に気づいた部隊員が、フィルの部屋に駆け込んできた。
部隊員が明かりをつけ、部屋全体がぼんやり明るく浮かび上がる。
フィルが取り押さえたスカウトは、全身が黒い――残念ながら見たことはない……防具で包まれており、闇に溶け込むことに特化した防具のようだ。
フィルより少し小さい体型で、この大きさなら潜入・暗殺に適している体格と言えるだろう。
そして、度々腕を動かしては抵抗しようとしている。

「先程の大きな音は一体何が……」
「どうやら僕は狙われていたらしいね」
「なんと、フィリップ様が……」 「とりあえず寮の地下に捕らえておいて、明日軍の施設に移動させよう。
 もしかしたら、まだ敵が潜んでいるかもしれない。地下まで護衛頼むよ」
「了解しました!」


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部隊寮地下。現在は、ここは倉庫として使われている。
その中の一つの小部屋に、フィルはそのスカウトを拘束することにした。

他の敵の存在が無いことを確認したフィルは、部隊員を帰らせた。
そして、両手を縛られ、椅子にくくりつけられたスカウトと改めて対面する。

「さて、これで1対1だ、他の人間に顔を知られる恐れはないな。
 君のことについて教えてもらうとしよう」

フィルは、スカウトの顔を隠していた黒い布を取り払った。

「――なるほど」

黒い布を取ったことで、見えてきたスカウトの素顔。
顔を覆っていた布や防具の漆黒の色に負けず劣らずの黒く、長い髪をしていた。
そのスカウトは女性だった。

――いや、少女、と言った方が正しいか。
恐らくはフィルよりも年下……もっと上に見ても、せいぜいフィルと同い年程度ではないかと彼自信はそう推測した。

それ以上に驚いたことに、彼女の右目は潰れていた。
戦場で受けた傷が原因だと仮定しても、右目の周囲に怪我の傷跡が残っている様子はなかったので、恐らく幼い頃の病気が原因なのだろう。
片目が無い、というのは非常に悍ましい様子であり、そういった顔を見せないという理由でも、黒い布を巻いていたのかもしれない。
そして、そんな素顔を知られてもしっかりと黙りを続けるあたり、潜入スカウトとしての矜持もあるようだ。

(顔を隠していたのは職業柄だけでなく、そういうことも含まれていたか……)

フィルは、自分より歳の小さい少女が、暗殺を遂行しようとしたことや、
その彼女の様子に動揺していたが、心を静め、尋問をすることにした。

「生憎と夜目は効く方でね……
 僕を確実に仕留めるつもりなら、何かの大きな硬直か、もう少し待って熟睡したタイミングの方が良かったかな」
「……」

彼女は沈黙を続けている。喋る気はないようだ。

彼女の所持物には、何か情報が得られるようなものは全く無かった。
まさに刺し違えてでも倒そうとする『神風特攻』だと思われても仕方がない程である。
精々、彼女が短剣一筋の人間であること程度の情報しか得られなかった。

短剣――
フィルは、おもむろに彼女の一対の短剣を見る。
パッと見た形はシンプルなナイフだが、装飾や刃の部分の彫り込みは、非常に豪華なものだった。
それこそ、貴族が部屋に飾って楽しむような――そんな短剣に見えた。
少なくとも、暗殺のような行為で血で染めるにはあまりにも勿体無さすぎる逸品だった。

(どうしてこんな高価な短剣を……?)

沈黙も続いており、このまま睨み合いを続けても、単なる時間の無駄だろう。
フィルはため息を一つついて、名も知らぬ少女に近づいた。
そして、彼女を拘束していた縄を外し、両手の紐も解いた。

「……!?」
「……さ、逃げるなら今のうちにしなよ。流石に君のこの武器は返せないけどね」

一体何を言っているんだ、といった表情をする少女。

「このまま軍の牢屋に連れていかれれば、少なくとも君はゲブランド帝国と敵対している人間なんだ、恐らく拷問を受けるだろう。
 いや、もっと苦しい目に遭うかもしれない」
「……」

フィルは彼女を見ると、どうしてもある人物のことが頭の中に浮かんでしまう。
自分の帰りを待っている人のことを。

「僕には、君と同い年ぐらいの友達がいてね。  その友達と同じぐらいの年の君が酷い目に遭うなんて、考えたくもないからね」
「……」
「納得が行かない、というのならまた僕を殺しに来ればいい。何度でも相手になろう」

彼女は、机の上の黒い布を取り、扉に向かってゆっくりと歩き始めた。

「……できれば、君には剣を捨てて、別の生き方を探して欲しいけどね」

聞こえていただろうが、やはり少女は何も言わぬまま、足音もなく部屋を出ていった。

「さて……問題はこいつだな」

彼女から没収した装備の、例の高価そうな短剣を見た。
少なくとも、一兵卒が握れるような代物ではない。それは貴族であるフィルには分かっていた。
この短剣が、どこかの貴族家から盗まれた物なのか、それとも――

「調べてみる価値はありそうだ」

フィルはそうつぶやいて、短剣を懐にしまい、部屋を後にした。


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