FEZ小説 独立戦争編

第一部隊が再編からしてから数週間後。
少しずつ、ほんの少しずつだが、解散以前の活気を取り戻しつつあった第一部隊に、ついに出撃の命令が下された。

少し前に、反乱軍によってアベル渓谷が占領された。
アベル渓谷はタマライア水源、ラインレイ渓谷、シディット水域、そしてアンバーステップ平原と同様に、
中央大陸と西ゲブランドのエイケルナル大陸を繋ぐ要所の一つであり、ここを取り返すことが出来れば、独立解放軍の勢いも大分静かになるだろう。

東ゲブランドに最も近い地域はアンバーステップ平原だが、ここはエイケルナル大陸からも、アベル渓谷からも隣接している。
もちろんそれは両国共に把握していることで、ゲブランド帝国はここに主力部隊である第二・第三連合部隊を駐屯させている。
そのため、反乱軍も迂闊に手が出せないでいるようだ。
しかしながら、その連合部隊がアベル渓谷を奪還するために離れてしまえば、
アンバーステップ平原はフリーになり、エイケルナル大陸側から間違いなく攻撃されるため、
連合部隊も、反乱軍と同じようにアンバーステップ平原で足止めを食らっている状況だ。

反乱軍が東部ゲブランド領に侵攻するためには、
アンバーステップ平原、もしくはその北方にあるウェンズデイ古戦場跡を抜けたゴブリンフォークを占領する他無い。
そのため、アンバーステップ平原は、この内乱の戦略的価値において重要な位置を占めていることが分かる。
そこで、アンバーステップ平原に隣接するアベル渓谷にて、第一部隊が反乱軍を蹴散らし、
しかる後にアンバーステップ平原から連合部隊が侵攻する、という作戦が、帝国軍議会で採決された。

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出撃の命令が掛かり、第一部隊の主要メンバーが、急遽ブリーフィングルームに集合した。
部屋の中央にアベル渓谷の地図が置かれ、それを囲むようにして主要部隊員達が立っている。

「アベル渓谷かぁ……」

フィルは地図を見て、面倒くさそうな顔をする。
アベル渓谷は高い山々に囲まれた山地であり、行軍に時間が掛かるともっぱらの話である。
フィルの顔を見たディランが、補足を始める。

「はい。敵の砦は真西に存在しています。
 そのため、我々の攻撃拠点は、中央の山、アベル山を挟む形で、東側――いや、大結晶近くの、北東よりの山の麓に立てるべきかと」
「そうだね。問題は、オベリスクを立てる配置だけど――」

拠点を立てることで、一定地域のクリスタルの大結晶が活性化し、大結晶から固形クリスタルの採掘が可能になる。
その力を、拠点より遠方で得るために必要である塔のような建築物のことを『オベリスク』という。
これを利用することで、遠方でもクリスタルを使った建築物が建てられるようになる。
しかし、問題もいくつかあり、敵の建てたオベリスクの領域にオベリスクと防衛施設『アロータワー』を建てることはできず、
敵に破壊されれば拠点に反動が及び、拠点の崩壊が進行してしまうということ。
拠点が崩壊することは、即ち敗北である。クリスタルの力を利用するにあたり、避けられない代償である。

つまりオベリスクは、『守りやすくかつ効率的に領域を取り』『出来るだけ少ない本数で建てる』というのが、基本的な戦略になる。
ディランは、オベリスクを模したミニチュアを2つ手に取った。
片方は赤色で、もう片方は青色。自軍と敵軍のオベリスクを指している。
彼はそれを地図の上に置いた。

「この地形から見て、アベル山の西側を挟んだオベリスクの置き合いが想定されるでしょう」

オベリスクの建築が始まって完了するまでには、どんなに急いでも30分程かかる。
その間に敵側のオベリスクが建築されれば、同時建築となり、お互いの領域が干渉し合う形となる。
確かにそれで五分にはなるのだが、戦況を少しでも有利にするためには、一方的に建築できる状況にしたい。

「敵は砦から恐らく真北、真北から真東というルートで進軍するでしょう。
 そしてアベル山西の麓にオベリスクを建築し、我々は拠点から南西の丘、アベル山東側を挟んだ北西の丘、と建築を行うでしょう。
領域がアベル山の西側を越えてお互いを干渉する形となりますが……」
「オベリスク建築の速さ比べってことか」

ディランの建築計画に黙って頷いていたオスカーが、口を開いた。

「なら、俺ら別働隊が妨害しにいきゃ、自軍は安心してオベリスクを建てられるってことだな!」

オスカー・ランバーグは、フィル率いる「別動隊」所属、他部隊出身の片手ウォーリアである。
敵方への建築妨害を行うためには、アベル山を南に迂回して急襲するのが一番早い。

「それが理想の手段なのですが、どうやら今回の戦場にも『知将ウィンビーン』が参戦しているとの情報があり――」

知将ウィンビーン。その名前を聞いて、フィルは顔を顰めさせる。
この軍師の策で、第一部隊は壊滅し、彼の父はそこで命を落としたのだ。
彼にとって最も思い出したくない出来事だが、それを乗り越えなければ戦争には勝てないだろう。

「――既に『ゲブランド側から建築妨害に来ることが想定されている』恐れがあります」
「裏をかいて北から妨害するってのはどう?」

一人だけ椅子に座っている女ソーサラーが、手元の指示棒で机をコツコツ叩きながら提案した。
退屈そうな顔をしている彼女は、イヴリス・ルーズスフィア。元第一部隊のメンバーだ。

「北側からは、さらに遠回りのルートになるようですが……」
「……登ればいい」

部隊長のフィルは、地図を見ながら小さく呟いた。

「えっ?」

それを聞いて驚きの声を上げる一同。

「崖を、登るんだよ」

彼は、地図に描かれた北側ルートの途中の位置を指差す。
そこは、数十メートル程の高低差があり、ルートとルートが比較的接している点であった。

「この崖を登れば、南側ルートと同程度の距離になると思うけど」
「無謀でしょう」

ディランはしれっと答えた。

「しかし、その無謀こそがあのウィンビーンに一泡吹かせる有効手になるでしょう。
 ただ、私はフィル様の身を案じて、あまりその作戦に賛同したくはないのですが」
「戦いで勝つためには、必ず誰かが危険な道を行かないといけない――父上はそう教えてくれたんだ。僕が行くしかないじゃないか」

あの、ハンナハンナ島の時の父の姿がフィルの脳裏に浮かぶ。

「……了解しました。ですが、覚えておいてください。
 勇気と無謀は紙一重です。何事にも、考えを持って行なってください」
「大丈夫だよ」

フィルはディランに笑ってみせた。

「……では、開戦時の戦略は先程の流れで、その後は、戦況に合わせ私が軍団別に指示を出させて頂きます。次に……」



作戦会議は半日以上経った後も続いた。
再編した第一部隊にとって、またフィルが部隊長になって初陣となるため、
そして、この内乱で大切な一戦となるため、作戦に穴が無いようにしなければならない。

こうして、日は傾き、夜は更けていき、出撃の日は刻々と近づいていった。


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