「南側の方じゃ、どうやら戦闘が始まったみたいだね。となるともう『一本目』は建っている頃か。急ごう」
「そうすね」
ジャックの広域通信を聞いたフィル達は、行軍を早めた。
彼ら別動隊は、アベル山を北回りで迂回し、崖を登るルートで敵の『二本目』のオベリスク建築を妨害することが目的である。
そうこうしているうちに、この作戦の肝である崖登り地点まで到着した。
「ここか……」
その崖は、人間10人程の高さだろうか。オベリスクの高さと同じ程度の段差だった。
「先頭は俺に任せな。こういうのは足場選びが大切なんだぜ……っと」
オスカーがせり出した岩に手を掛け、上に登っていく。
足場は悪いものの、岩の表面は滑りにくい様子で、崖登りの道具が無くても比較的楽に登れそうだ。
比較的重く高耐性が特徴のオグマ一式防具を着込んだまま、彼はすいすいと崖を登っていく。
「よし……隊長、良い感じじゃないすか?」
「そうだね。ガーランドも続くよ」
「うっす」
フィルとガーランドも岩に手を掛ける。
二人の先頭を行き、崖を何の苦もなく登っていくオスカーは、軽口を叩いた。
「このぐらいの崖、俺がガキの頃に何回も登ったぜ。ラクショーだな」
「この作戦が崖登りだけだったら、どれだけ楽だったか……
まだまだこれは序の口だよ」
「はは、分かってますって、フィル隊長」
「……」
別働隊のメンバーは崖を登りきり、少し進んだ位置にある大岩に身を隠した。
「……隊長、どんな状況になってる感じっすかね?」
「『一本目』は既に建っているみたいだね……」
オベリスクは巨大である。望遠鏡などが無くても遠くから容易に視認出来る。
「ん、隊長。あの兵士、集団から離れていってますぜ」
そう言われ、フィルはガーランドから望遠鏡を手渡された。
彼が言った方を見ると、何やら杖を持った人間が、山を向いて立ち位置を微調整していた。
「ガーランド、狙えそうか?」
フィルは、ガーランドの方を向いた。彼は弓矢と短剣を扱えるスカウトであるため、遠距離要員として別動隊に抜擢された。
「届かないこたぁないが、当てられる自信はねぇな。よしんば当たったとしても、致命傷にはならねえだろうよ」
ガーランドは両手を挙げ、否定的なポーズを取っていた。
やはりこの距離は相当に厳しいのだろう。フィルは意を決した。
「僕が行こう。一応足にはそれなりの自信があるからね、一気に飛び込むことにするよ」
「お?やる感じっすか?敵の注意を引くのは俺らに任せといてくださいよ」
オスカーが自信満々の表情でフィルに答える。
そんな会話が行われる中、孤立しているソーサラーを注視していたガーランドは、オベリスクの建築を始めようとしていたことに気づいた。
「フィルさん、あいつオベリスク建築の詠唱始めやがったぜ!行くなら今しかねぇな!」
「よし、行こう!クリスタルで採掘している兵士の引き付け頼む!
オスカーは僕が失敗した時に援護できるような位置取りをよろしく!」
「了解!」
「行こう!」
三人は二手に分かれ、オベリスク建築妨害作戦を実行した。
「極めて順調な採掘だ。このまま採掘を続けよう。
――ん、なんだあいつは!?」
クリスタルで採掘していた兵士の一人が、こちらに走ってくる片手ウォーリアに気づいた。
「片手ウォーリアか?こんな僻地に……」
「単独特攻とは余程命知らずと見える!返り討ちにするぞ!」
そう言った採掘兵達は、武器を構え立ち上がった瞬間に気づいた。
手元の彼らの武器が弾き飛ばされていたことに。
「……採掘兵は採掘兵らしく座ってな!」
武器を弾き飛ばしたのは、先にハイドで潜入していたガーランドだった。
「何ぃぃ!?」
「スカウトか……!」
全くの不意を突かれた採掘兵達は、なんとか態勢を建て直そうとする。
「うろたえるな!各員散開して武器を拾え!」
「させるかよっ!『アーススタンプ』!」
そこに片手剣を構えつつ飛び込むオスカー。
片手剣が地面を穿ち、そこから強烈な衝撃波が拡散し、採掘兵達を一網打尽にする。
「うわぁぁぁぁ!」
「オラオラーッ!」
採掘兵達が襲われる様子を見た建築兵は、オベリスク建築の詠唱を急ぐ。
「は……早く建てなくては!」
しかし、その詠唱が完成することは無く――
「ぎゃっ!」
背後から刺突剣で貫かれ、建築兵はその場に崩れ落ちる。
(建築阻止……!)
フィルが陽動組の二人の援護に向かおうとした時、彼の通信クリスタルにちょうど連絡が入った。
<<こちらコクマーのゲッダス。『二本目』の建築を開始しました>>
フィルはクリスタルを手に取り、応答を返した。
「こちらフィル。建築妨害に成功した!自軍が『二本目』の建築が完了するまで時間稼ぎを行う」
<<了解。北から支援隊を送ります。建築完了後は速やかに撤退を>>
「了解」
連絡が消え、フィルは陽動に向かった二人の元に向かおうとする。
「オスカー!ガーランド!こっちの『二本目』が建ち始めた!完成するまで耐え――」
「『ファイア』!」
それを妨げるように飛来する火の玉。フィルはそれをバックステップで避ける。
その後に居たのは、高位の人間にのみ着用を許されたファリア装備を身に纏う、青髪の男ソーサラーが一人。
「やれやれ、この俺様にネズミ処理させるたぁ……全く腑抜けた軍団だぜ、西ゲブはよ」
彼は面倒くさそうに杖を構え、じっとフィルの方を見据えている。
大胆不敵の態度だが、付け入るような隙が全く見当たらない。
そこらの兵士とは比べ物にならないほど別格の兵士だと、感覚が教えている。
「君は……カセドリアの『蒼き焔(ブルーラヴァ)』、ロイズ・レイシュトルム……!!」
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