FEZ小説 独立戦争編

かつん。

一瞬、兵士の足音や雄叫びに紛れて、聞きなれない音がしたのを、彼らは聴き逃さなかった。

「ん?今の音は……」
「ガーランド、耳がいいな。僕も聴こえたよ」
「あ?なんか音がしたか?」

三人はブルワークの方に振り向いた。
そこには、ブルワークの上から垂れ下がる縄梯子があった。

「梯子だ!」
「10分どころか5分も掛かってねえぞ……罠じゃねえのか?」
「それはないと思う。窮地の人間をわざわざ罠に掛ける必要はないからね……」

フィルはそういうと、縄梯子を掴み、上が固定されているかを確認した。

「よし、登れそうだ。みんな、急いで登ろう!敵の兵士にこの梯子を使わせちゃいけない!」

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「ふぃー、なんとか助かったぜ」

オスカーが壁の奥のテントで一息入れる。
壁の反対側では、敵が必死に壁を叩く音が聞こえる。
いつまでもこうしては居られないが、暫くは安全だろう。

「ああ?オスカー、お前ビビってたのか?」

それを見たガーランドが笑いながら茶化した。

「当たり前だろ。あんなもんビビって当然だ。死なないことが一番なんだよ」

しかし、彼らには不可解に思う点があった。

「一体……この梯子は誰が下ろしてくれたんだ?」

フィル達が上った時には、既に人影はなかった。
ここに向かってきているはずのウォードに連絡を取った。

「こちらフィル。ウォード、今どの辺りなんだ?」
<<今走ってます!あと数分で行けるかと!>>
「その話なんだけど、どうやら君以外の人間が梯子を下ろしてくれたようなんだ」
<<え!?本当ですか!?良かったあ……>>
「何か心当たりはないか?」
<<いや……無いですね……>>
「そうか……じゃあ、自分の持ち場に戻ってくれ。わざわざ走らせて悪かったよ」
<<いえいえ!フィル様方の無事のためなら!>>

少なくとも、あの状況でウォードの到着を待っていては助かっていなかっただろう。
となると、第三勢力でゲブランド側に加担した人間がいるのだろうか……

「ん?」

ふと彼は、テントのそばに、何かが落ちていることに気がついた。
そこには、ハンカチのような大きさの、黒い布が落ちていた。

(黒い布……戦場で落とし物か……?)

見た感じではただの布だ。
高価な布ではなさそうだが、手入れはきちんと行われていた。
『戦場』には不似合いな清潔さだな、と思ったフィルは、それを拾ったその瞬間に、再びめまいに襲われた。
おそらく失血によるものだろう。

「くっ……さすがにまずいか……」

それを見たオスカーが、フィルの肩を持った。

「フィル隊長、とりあえず北の拠点まで戻って治療しましょうや。今のまんまじゃヤバイですよ」
「……そうしよう」

三人は北の拠点へと退却を始めた。
オスカーに肩を担がれたままフィルは、出来事を最初から整理する。

(退路を封鎖する壁を立てたのは、間違いなく工作員だ。恐らく第一部隊再編の時から紛れていたんだろう)
(となると、元第一部隊以外の部隊員が、工作員の可能性が少なからずあるということだ……)
(もしかしたら、オスカーやガーランドも、工作員の一人なのかもしれない……疑いたくはないが……)

「隊長、どうしたんですか?」

不意にオスカーが話しかけてくる。

「あ……いや、なんでもない……」

「もしかして隊長、味方に壁立てられてから、俺らのこと疑ったりしてました?」

図星である。

「……」
「いや、いいんすよ。他部隊から来た人間なんですから疑われても仕方ないんす。
 第一部隊再編の主導もディランさんでしたしね。
 俺とガーランドは、信用に足る人間だって、これから俺ら自身で証明していきますから」

オスカーは笑いながらそう言うと、つまんだ手を額の辺りで動かした。
まるで、第一部隊の隊長が帽子を整える癖の物真似をしたように、フィルには見えた。

「……なんというか、ごめん」

それを見た彼は、何か安心感を得たと共に、死線を潜り抜けた仲間を疑うような、自分の愚かさを悔いた。

そうして、北方のクリスタル拠点に着いた三人は、まずフィルの目の治療を急いだ。
命に別状はなく、出血は止まったが、目の損傷が激しく、クリスタルの治癒能力ですら完治は絶望的であると分かった。
フィルは指揮をディランに任せ、北の拠点で安静に治療を受けるようにした。
また、コクマー軍団長のゲッダスからは、壁を建てたであろう支援隊の行方が分からなくなっていることが報告された。

拠点のベッドで横になるフィルは、傷の痛みに苛まれていた。
戦いの最中では、体が一種の興奮状態になっているためか、それほど痛みは感じなかったのだが、
戦線から離れて冷静になると、傷の痛みが体の神経を支配するようになった。

「……」

痛み自体には慣れているが、違和感だらけの左目の様子を知るのが嫌で、フィルは布団に潜っていた。

「フィル様?起きてますー?」

女性兵士がフィルに声を掛けてきた。
この世界に治癒魔法は存在せず、怪我はクリスタルか薬でしか行えない。

「薬の時間ですよー」

そう言って、女性兵士は机に回復薬のライトリジェネレートを置いた。

「……悪いね」

布団から体を出したフィルはそれを一気に飲み干した。
が、何かの違和感を感じた。味か、喉越しか。

「なんだこれ……変な……感覚だ……」

それを考えているうちに、意識が少しずつ遠退いていく。
どうやら違う薬を飲まされたようだと、フィルは今更ながらに気づいた。

「まさか……」
「ゆっくり、眠ってくださいね」

最後にフィルがうっすらぼんやりと見たのは、彼女の不気味な笑顔だった。


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