FEZ小説 独立戦争編

「……ん……」

フィルは目を覚ました。どうやらいつの間にか寝ていたようだ。

(僕は寝ていたのか……)

彼は自分の感覚が戻るまで、過去の記憶をゆっくりと思い出していった。

(確か……ここで治療を受けて……薬を飲まさ……れ――!)

急にフィルの感覚が目覚めていく。彼は、何かしらの薬を飲まされたことを思い出した。
そして、その時そばに居たあの看護兵も。

「――っ!」

フィルは勢いよく起き上がったが、その瞬間全身に火傷の痛みが走る。
神経が目覚めたお陰で、痛覚が再び蘇ったのだ。しかし、治療を受け始めた当初よりかは、随分と痛みが引いている。

「あーあー、動いちゃダメだよー、もー!」

簾で分けられた隣の部屋から声が聞こえてきた。
先刻、フィルに薬を飲ませた人物のものと同一の声が。
フィルは近くにあった自らの刺突剣を手に取り、警戒を強めた。

「……ん。睡眠から目が醒めて興奮状態ですかな?
 鎮静剤も用意した方がいいかな?ひひっ」

簾の向こうから現れたのは、フィルにあの薬を飲ませた看護兵本人だった。

――だが、フィルは先程気づかなかった、とあることに気がついた。
彼女の左目は青色だが、右目は明るい黄色であった。虹彩異色症にしては、少々『出来すぎ』な瞳の色だと。

虹彩異色症でないとすると、残るのは義眼の可能性――

「君は、あの時のスカウト……」

彼の脳裏に、ある人物の存在が浮かんだ。

「いやいや、今は看護兵やってるただの女の子よ。今はね」

義眼の彼女は、屈託のない笑顔を見せた。

「さっきの薬は何だ?急に意識が無くなったみたいだったけど……」
「あぁ、あれは睡眠薬。医療用のね」
「医療用?」
「うん。クリスタルによる治癒促進の効果は、意識がない時、
 つまり寝てる時が最も効果があるんだよ。火傷も大分治ってるでしょ」

フィルは火傷の酷かった右腕を見たが、傷跡は残っているものの、ほぼ完治に近い状態だった。

「確かに」

まだ所々痛むものの、大きく動かせる程度には回復しきっているだろう。
しかし、彼女にとってフィルは敵のはずである。

「……君にとって僕は敵だろう、いつでも殺せたはずだ。それが、なぜこんなことをしてる?」
「本当はそのつもりで潜伏してたんだけど、お兄さんがすごい痛々しそうにしてたからさぁ……」

間違いない、彼女はあの暗殺に来たスカウトだ。
防具が全く違うせいで戸惑ったが、黒くて長髪であることと、隻眼である特徴は一致している。

「君は一体――」

フィルが彼女に尋ねようとした時、突如何かが爆発したような音が遠くから聞こえてきた。

「何!?」

彼女も、突然の轟音に驚いている。あの方向は――

「壁の方角……ジャイアントの砲撃か!」

フィルはクリスタルを手に取り、ゲッダスと連絡を取った。

「北の状況はどうなっているんだ!?」
<<どうやら北側に召喚獣レイスとジャイアントを中心とした中隊が展開されている模様です!このままではブルワークは持ちません!>>
「やはり来たか……こっちもナイトを召喚して対抗しよう!
 僻地から輸送している暇はない!本拠点前のクリスタルをナイト召喚に回すんだ!」
<<了解しました!>>

通信を終えたフィルは、刺突剣を手に取りベッドから降りた。しかし、足元がふらついて思うようにまっすぐ歩けない。

「まだ怪我は完治してないんだよ!怪我人は休んでないと!」

看護していた彼女は、壁にもたれ掛かるフィルを介抱する。

「僕が戦わずして、誰がこの戦いを終わらせるっていうんだ……!」
「まーまー落ち着いて……戦力は勝ってるんだから。……たまには味方に任せる時も必要だよ」

そう彼女に言われたフィルは刺突剣をベッドに立て掛ける。

「……そうだ、僕一人が戦ってる訳じゃないんだ……」
「そうそう」
「……でも、『総戦力で劣る』解放軍が、負けているとはいえ『総支配領域の少ない北』に、『レイスまで用意して』攻撃を行っているのかしら……」

彼女はボソッと呟いた。

「ん?君は解放軍の作戦は聞かされてないのか?」
「あー……あたしのような『影』の人間は、与えられた命令を着実にこなすだけだからね。必要ない情報は渡されないことになってるんだ」
「やはりか……」
「あっ!今、『こいつ役立たねーな!』って顔した!最低!」
「してないしてない」

適当にあしらうフィル。
雑談で大分気が晴れたが、とあることを思い出した。
部隊内の裏切り者の存在だ。もしかしたら、彼女が内部工作に関わっているかもしれない。

「なあ……」
「なに?」

しかし、彼には上手く切り出しづらかった。

「……なんでもない、忘れてくれ」

そもそも、彼女もスパイ・裏切り者である可能性がある。直接話すのはやめておいた方が良さそうだとフィルは判断した。 尤も、先も言った通り、殺す気があるなら彼女はいつでもやれるタイミングはあった。
今に限った話ではない。前にはもっと多くのタイミングがあっただろう。

「じゃ、そろそろお暇するね」

彼女は手をふらふらと振りながら、病室を抜けた。それを見届けたフィルは、布団に倒れ込む。

(しかし、さっき言っていた、作戦の話は気になるな……)

そう思うと、彼は地図を取り出すために鞄を開ける。

「あれ?」

持ち物を確認したフィルは、あることに気づいた。
先程拾った、黒い布がなくなっていた。鞄の奥深くに入れていたし、落とすはずはない。

あの黒い布を回収できるのは、フィルに気づかれず接触できた人間。

「……あ」

フィルは思い出した。看護をしてくれた彼女は、前に黒い布で顔を隠していたこと。
きっと彼女が縄梯子を……

「いつか再び会うことができたら、感謝しないといけないね」


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