FEZ小説 独立戦争編

帝国軍によるアベル渓谷の攻略失敗は、この内乱の戦況を大きく変えることになった。
反乱軍が帝国軍に勝利したことで、反乱軍全体の士気は一気に上昇。
その流れに乗じたいのか、アンバーステップ平原攻撃のために、その手前のアベル渓谷に大布陣を敷き、反乱軍はいつでも侵攻できる構えを見せている。

帝国軍もこれを迎え撃つために、アンバーステップ平原に総力を結集させた。
先のアベル渓谷で謎の召喚獣により敗北した第一部隊だったが、
作戦や実際の戦闘内容は評価され、なんとかこのアンバーステップ平原の戦列に参加することができた。

しかし、優勢だったはずの解放軍に敗北を喫し、ディランとイヴの負傷もあり、
軍の士気は依然として低いままと、このまま決戦を迎えるには万全ではない状況だった。


「――容態はどうなんです?」

フィルが医師に尋ねた。

「ディラン様は快復の傾向が見られますが、イヴリス様は未だに意識が戻っておりません……」

医師は、手元のノートを見ながらそう答えた。
傷が比較的浅かったディランは、会話が出来る程度には回復していたが、爆心近くに居たイヴはまだ意識がないままだ。

「そうか……」
「それと、フィル様の左目の件ですが」

医師は、パラパラと別のページを開きながら言った。

「クリスタルでの迅速な治療は実に適切で、二次感染は防がれました」
「そうなのか」

治療したのはフィルでは無かったが。

「ただ視力を回復させるためには、大規模かつ長期的な手術が必要です。少なくとも、この戦時中に行うのは困難でしょう」
「それは覚悟していたことだよ。仕方ないさ」

そう言って、フィルは懐から眼帯を取り出し、左目を隠すように身に付けた。
実際のところ、フェンサーには周囲の地形を感覚で把握できる『キーンセンス』があるので、それほど大きな障害ではなかった。

「直にこのアンバーステップも戦場になる。二人をゴブリンフォークの治療施設へと移送しよう」

ゴブリンフォークは、ゲブランド帝国軍領地に攻め入ることのできる第二の地域だが、
内乱の戦線の中心となっているアンバーステップ平原からはウェンズデイ古戦場跡を通過する必要があり、
比較的離れた地域、つまり、戦略上重要だが戦線にはあまり関わりのない地域である。
フィルは、そこの医療施設を利用しようと考えていた。

「……本来なら、怪我人を戦線に立たせたくないけど、今は戦争だ。
 ゴブリンフォークの防衛なら出来るだろう。そして、ゴブリンフォーク防衛兵長には、コクマー軍団のゲッダスを配置する」
「分かりました」

ゲッダスは敬礼をする。

「所属にディランとイヴを加える形になるけど、大丈夫かな?」
「構いません」

ゲッダス・レッグマン。先の戦場ではコクマー軍団長を務めていた。
他部隊の元隊長で、規律と礼儀を重んじる短剣スカウトだ。

「そういや隊長」

フィルの後ろから声が聞こえる。オスカーの声だった。
先の戦闘では殆ど怪我がなかったが、あまり上機嫌ではなさそうだ。

「なんで主力の第一部隊から後方の防衛軍団を出す必要が?」
「……帝国軍議会によれば、本来はその防衛軍団すら前線に立たせるつもりだったらしい。
 『アンバーステップに総力を結集するため』……だとか何とか。
 ディランから病室で聞いた、ゴブリンフォークの重要性を提言したら、第一部隊から出せと返されたんだよ」

フィルは呆れたような笑い顔をする。彼の言っていることは間違いではない。
再編したばかりで、先のアベル渓谷で敗戦を喫したとはいえ、第一部隊は帝国軍主力の一つ。
そんな部隊の戦力をわざわざ半減させるような判断はしないはずだとフィルも考えていた。

「やっぱりこれも……」

部隊に居る工作員と関係があるのかもしれない――と喉まで出掛かった言葉を彼は飲み込んだ。

「これも?」

オスカーは首をかしげる。

「……いや、なんでもない」

フィルは、誰が工作員やらスパイやら分からない状況で迂闊に話題にすべきではないと判断した。

「今日は解散しよう。各員、傷を癒し次の戦場に備えよう」
「了解」


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