FEZ小説 独立戦争編

その夜。
フィルは自室のソファに横になっており、何かから逃げるように目を瞑っていた。

机には、フィルの好きなハチミツパンが置いてあったが、全く手がつけられていなかった。
彼が思い返していたこと――工作員の存在、そして『蒼き焔』のことだった。

(彼は一体何を見たんだろう)

フィルを村の仇として怒りに震えていたあの姿、とても言いがかり等には見えなかった。

(これも工作員による第一部隊……いや、僕に対する攻撃と見て間違いないかな)

ただし、問題が一つ。

(……誰がその工作員か分かっていないということ、ただそれだけなんだけど……)

それはここで悩んでも仕方ない問題だろう、そう思ったフィルは起き上がってコップの水を飲み干し、ベッドに向かおうとした。
その時、部屋の扉が開く音がした。

「!」

腰の刺突剣に手をかけ、臨戦態勢を取るフィルだったが、訪問者の顔を見て、それを解いた。

「君か。
 ……よく堂々と真正面から入ってこれるね」

それは、あの暗殺に来たスカウトだった。

「ま、ただの女の子だからねー」

本来彼女は敵側の人間だが、どうにもあの一件以来、『らしくない』彼女が目立つ。
いつもなら黒い防具を身に纏い、闇夜に紛れるような姿をしているはずだが、
アベル渓谷の戦いでは白衣を纏って看護師をやっていたり、今ではフォーマル一式を身に付けている。まるでただの来訪客のようだ。
彼女が潜入工作に来ているという可能性は非常に高い。
しかし実際、アベル渓谷で行っていた治療の評価は非常に高かったそうで、現にフィルの左目も、二次感染を起こさずに済んでいる。
工作をするつもりなら、わざわざそんなことをする必要は無いだろう。

フィルはそんな謎の行動――つまり、利敵行為を行う彼女が理解できなかった。

「座ってもいい?」
「いいよ」

少女は部屋に入り、ソファに腰を掛けた。彼女の義眼は相変わらず浮いた色をしている。
フィルは机の上に置いておいた資料を手に取った。表紙には、『機密情報』と書かれている。

「……そういえば、君のことを調べさせてもらったよ。あの短剣からね」
「へえ」

「元々あれは貴族が装飾して楽しむような儀礼剣で、とても実用に耐えるものではないはず。
あの短剣は、その刃を殺傷力の高い物と入れ換えているみたいだった。
どこかの貴族向けに作られた儀礼剣を盗み、改造したのかと思って調べたけど……
この短剣を発注したのは代々ゲブランド帝国に仕えるスカウトで有名な『エイトフォール家』だった」

「……」

少女はまるで説教を聞いているかのように沈黙を続けている。
そんな彼女を尻目にフィルは、机の中から一対の短剣を取り出し、その柄を見ながら言った。

「相当昔のオーダーだったみたいだけど、かなり手間隙かけて作られたのか、殆ど劣化していないね」

彼は、一通り短剣に目を通すと、それをソファに座っているスカウトに放り投げた。

「……いいの?」

「別に。万が一ここで君が僕に向かってきても、僕は負けないと思う」

「自信家だね」

「そうでも言わないと隊長ってやってられないんだよ。新任で不安定だから特に、ね」

フィルは再び資料に目を通し始めた。

「――で、話を戻そう。
 このエイトフォール家、名門ではあったんだけど、十数年前の戦争により、一家は戦死し、
その名家に残された子供と老人だけでは何も出来ないとされて、西ゲブランドに飛ばされたそうだ。その後、エイトフォール家は記録上消滅した」
「……」

少女は黙ったままだ。ハチミツパンを見ているが、話は聞いているようだ。

「その残された子供の名前は――」
「レリシア・プラム・エイトフォール。あたしの名前ね」

彼女はパンから目をそらすことなく口を開いた。

「すごい、短剣一つからそこまで情報が集まるもんなんだね」
「自分でも驚いてるよ。僕も素性を隠した時は刺突剣から身元がバレるかもしれないな。
――それで、僕の近くで活動する理由は、同じく国に仕える貴族としての対抗心か何かからか?」
「うーん、半分正解で半分不正解かな」
「じゃ、前に僕を殺し損ねたから近くで機会をうかがっているとか?」

そうフィルが言うと、レリシアはソファから勢いよく立ち上がった。

「それは――」



「今頃気づいたようだな、フィリップ・スコット・ランス!」

どこからか男の声が聞こえた。この部屋には居なかったはずの人間の声が。
フィルは右手を腰の刺突剣に当てる。

「誰だ!?」

男の姿は見えない。ハイドの可能性もあると考えたフィルは、目を瞑ってすぐにキーンセンスを展開する。
だが、この部屋の隅々まで感覚を広げたが、どこにも居ない。

「――真上!」

フィルは刺突剣を上に構え、降下しながら短剣を構えていた男の攻撃を弾く。 男はバランスを崩すことなく着地した。

「誰だ、とな。
 それに答えてやろう。貴様の敵国の人間に決まっているだろう!」
「……確かにね」


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