FEZ小説 独立戦争編

「今日こそ貴様の命を仕留めに来た。覚悟しろ!」

男はそう言って走ってフィルに向かう。
フィルは刺突剣を構えたが、男は彼の間合いに入る寸前で足元を蹴り、急停止してステップで再び距離を取った。
足のフットワークは軽い。相当鍛えられたスカウトのようだ。

「……誘っているわけか」

フェンサーのストライクダウンは強力無比だが、『攻撃に対し構えている間は一方向にしか対応できない』ということと、
『全神経をカウンターに集中させるために、即座に次の行動を取れない』という決定的な弱点が存在する。
フィルも一度フェイントを活用し、同じくフェンサーを制したことはあるが、それが自分の弱点でもあることは重々に承知していた。

(間合いはこっちの方が長い。刺突剣のリーチ分を保ちながら削っていくしかないか)

ゆっくりと男に近づいていくフィル。

「しっ!」

一歩踏み込み、突きを放つ。男はそれを後ろに下がって回避した。
そのまま男は背後の壁を蹴り、一瞬で間合いを詰めてきた。

(来た!)

男は前進する勢いを利用したまま、姿勢を低くして回転しながらローキックを繰り出した。
足元の急所を狙い済ましたレッグブレイクだ。

(これを――)

フィルはストライクダウンの構えを取った。しかし、男の放った回転蹴りは、フィルの構えた前で空振りした。
レッグブレイクに対するストライクダウンを構えているフィルを見た男は、空振りした回転の慣性に乗り、短剣を振りかぶる。

「死ねっ!」

しかし、フィルも構えをすぐに解除した。
神経を集中させることなく、『構え』だけを行えば、『ストライクダウンのフェイント』をかけることができる。
相手の男はそのフェイントに釣られていたのだった。

「見えてるよ」

ストライクダウンで男の一撃を弾き返すことに成功したフィルは、一気にトドメを刺すために、急所目掛けて刺突剣を構えた。

「――フィニッシュスラスト!」

急所を貫こうとしたフィル。しかしこの一瞬で、彼の刺突剣が吹き飛ばされていたことに気づいたのは、右手が虚しく空を切った後だった。

(……!?)

恐らくこれは、短剣スカウトによるアームブレイク。思わずフィルはレリシアの方を振り向いた。

(違う……彼女じゃない……!)

彼女はあの位置から動いていない、何もしていない。

「まさか、さらにもう一人の――」
「ご名答っ」

フィルの背後に居た女スカウトは、彼の背中を切りつける。
回避行動を取ったフィルは、なんとか致命傷を避けることはできた。しかし、彼は背中から受けた傷から違和感を感じた。

「……パワーブレイクか」

フィルの右手が震えている。毒素を短剣に塗り、それで切りつけることで、相手の体の筋肉を少しだけ弛緩させることができる。
目に見える効果は小さいが、実際の戦闘で与える影響は非常に大きい。

「武器も弾かれ、力も出ない。これは圧倒的不利だな、ランス!」
「……」

足は歩ける程度には動くが、ペネトレイトスラストのように一足跳びで飛べるほどの余裕はない。
そして前後を挟まれていて、撤退には厳しすぎる状況だと、フィルは考えた。

そんな中、相手の男スカウトはレリシアに話しかけた。

「クレア、最初のお前の失敗の際はどう処罰してやろうかと思っていたが、奴に取り入るとはな。よくやった」
「うん、流石でしょ」
「ま、腐っても名門ってところかしら?」

(クレア……レリシアのコードネームか)

フィルは、あの三人は西ゲブランドの暗殺集団であると考えた。
そして、自分を挟撃した二人は、恐らくコンビなのだろう、というのは、想像に難くなかった。

「……ねぇ……フォルト、ピアナ」
「どうした?」
「なに、クレア?」
「これが終わったら、あたし暗殺から足を洗いたいの」

二人の表情が変わった。

「正気か、クレア。お前には、お前自身が『短剣しかない』と言っていたはずだが?」
「あなた、スカウトの名門、エイトフォール家の人間でしょ?
 暗殺に生まれたなら、暗殺に死ぬべきよ」
「でもあたしは、家柄に縛られない生き方をしたい!」

レリシアは涙を流して訴えた。それはまるで、小さな子供が駄々をこねているようにも見えた。

「……」
「……まあ、どうやって生きるのかを後で聞いてやろうじゃあないか。今はランスにトドメを刺すことが最優先だ」
「あたしがやる」

レリシアはそう言って、先程フィルに渡された短剣の鞘を抜いた。

「……いいわ、引退前の最後の獲物ってことね。早く殺りなさい」

彼女は、ゆっくりと歩き、フィルに近づいていった。

(さて、どうしたものかな)

体からまだ毒素は抜けず、武器は部屋の隅に飛ばされている。
素手で短剣を……彼女を制したことはあるが、今は毒でそんな余裕はない。
よしんば彼女を倒したとしても、正面に男スカウト、背後にその相方が居る。絶望的な状況だったが、不思議と悲観的な思考にはならなかった。
それが、諦めきっているためかどうかは、彼には分からなかった。

フィルは、こちらに近づいてくるレリシアの表情を見た。
まだ瞳には涙が残っていた。彼女の右目のそれは、義眼のせいか妙な流れ方をしていた。

そうしてフィルに向かうレリシアは、髪が目に入ってくるのか、右手で前髪を整えている――





フィル以外には、そう見えた。

「これがあたしの答えよ」


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