FEZ小説 独立戦争編

アンバーステップにある第一部隊前線拠点。
いつ反乱軍がアンバーステップに宣戦布告するか分からない今、拠点内の空気はギスギスしたものになっていた。
歩兵の数自体は帝国軍が上回っているとの予測が強いが、士気や、将校の実力を見ると互角か不利程度だとジャックは思っている。

そんな中でも、いつでも戦えるように今日も自室で日課のトレーニングを行っていたジャックだったが、ふと扉をノックする音が聞こえる。

「入っていいぞ」

訓練用の大剣を下ろしたジャックは、肩に掛けていたタオルで汗を拭き、扉の方を見る。

「ど……どうも、ジャッカードさん……」

扉を開けて出てきたのは、長身の男。その後ろにまた長身の女。
長旅用の衣服を着ていたが、ジャックは一目で、それが自分の弟子であることを理解した。

「……お前ら!なんでここに来やがった!ここは今は戦場じゃないとはいえ、前線の拠点だぞ!」
「知ってます!でも師匠は軍に行ったっきり連絡すらしてないじゃないですか!」

危険な所に来てしまった二人にジャックは怒りを顕にしたが、弟子の男も負けじと声を張り上げた。

「私も先生の元で戦います!戦わせて下さい!」

さらに長身の女も負けじと大声で言う。
ジャックはバカ弟子が、とぶん殴りたくなる気持ちを抑え、あくまで師として彼らに対応する。

「……心配してくれるのは有難いが、俺は無事だ。心配するな。
 兵士じゃないってことは勿論だが、俺としてはお前らを危険な目に合わせたくないんだ」
「でも俺は先生に戦い方を学びたいんです……!」
「私も!もうコイツの相手は飽きました!」
「あぁ?うるせぇな、まだ1勝分しか勝ち越してないじゃねーか!」

隣で睨み合う弟子の二人。
ジャックは呆れたような顔をしたが、相変わらずの様子を見せる弟子たちに、肩を下ろしふっと笑った。

「……負けたよ。わざわざこんな所まで来やがって、そんなに俺に殴られたいらしいな。
 ……訓練場がある。二人とも、ついてこい」
「「はい!」」

弟子の二人は元気よく返事をした。


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三人は前線拠点の訓練場へと足を踏み入れる。
まだ早朝なためか利用者は少ないが、訓練している兵士は皆一生懸命だった。
いつ戦いが起きてもおかしくはない。ここは前線拠点なのだ。
ピリピリした空気が、二人の弟子の表情を強張らせる。

「さて……道場の時の名前で言うぞ。テルセラ!」
「はい!」

テルセラと呼ばれ、弟子の男が立ち上がった。

「クアルタ!」
「はい!」

クアルタと呼ばれ、弟子の女が立ち上がった。

「二人とも、残っているのは最後の試験か」
「……はい」

ジャックは、先ほどまでトレーニングに使用していた訓練用の大剣を掲げ、正面に構えた。

「構えろ」

テルセラは訓練用大剣を、クアルタは訓練用両手槌を構える。
それを見てジャックは、二人を見据えて言う。

「最後の試験は、俺を倒してみろ。二人同時に来い」

それを聞き、思わず動揺する弟子の二人。

「……えっ、いいんですか?」
「構わん。全力で来い」
「……」

二人は武器を構えたまま、お互いに見合っている。
ジャックはその様子を見て、表情を変えぬまま少しずつ間合いを詰めていく。

「どうした、来ないならこっちから行くぞ?」
「……っ!」

彼の本気の様子を垣間見た二人は、ほぼ同じタイミングでストライクスマッシュを放つ。
二つの武器が、一気にジャックの元へ跳びかかっていく。
彼はそれを大剣の腹でがっちりと受け止める。二対一だが、ジャックの大剣はまるで動かない。

「……同時に同方向から攻撃を仕掛けた時点で、数の有利を失っていることに気付かんか!」

二人分の武器を押し返したジャックは、その場で体勢を低くし、右手で大剣を後ろに構えた。

「この……バカ弟子どもがァァ!!」

体全体のバネを利用して、大剣を大きく一回転させた。
大剣は、無防備になっていた二人の胴体に直撃する。

「がぁっ!」
「うぅっ!」

二人は地面を大きく滑り、背後にあった武器置きをなぎ倒してようやく止まった。
まだ弟子とはいえ、相当に鍛え上げた二人を赤子のように跳ね飛ばしたジャックは、テルセラにとって鬼のように見えた。

「……立て。まだこんなものじゃないだろう」
「もちろんよ!」

テルセラよりも一足早く立ち上がったクアルタは、両手槌を縦に構え再びストライクスマッシュを放った。
彼女はジャックの横を通り過ぎるストライクスマッシュで、彼の裏を取ろうと図ったが。

「――相方がカバー出来ない動きをすると人数差を埋められやすい!
 『クランブルストーム』!」

素早く振り向いたジャックは、クアルタの背中に竜巻を放ち、彼女を大きく吹き飛ばす!

「……く……うおぉぉっ!」

テルセラも立ち上がり、ジャックにヘビースマッシュを入れようとしたが、
テルセラが大剣を振り下ろすよりも早く、ジャックは彼にヘビースマッシュを叩き込んだ。

「遅い!」
「ぐっ……」

テルセラは勢い良く地面に叩きつけられた。
その衝撃が堪えたのか、起き上がろうとしても起き上がれずにいる。
その時、ジャックの背後から、先ほどのクランブルストームに対し受け身を取り、素早く復帰したクアルタが彼に飛びかかる。

「『ベヒモス――』」
「……いい跳躍だが……特攻は戦場では何の意味も為さない!」

ジャックは崩れた武器立てから素早く両手槌を拾うと、振り向きながらそれを片手で薙ぎ払った。
空中に居たクアルタは、ジャックの両手槌による直撃を受け、横に大きく転倒した。

「……ぁ……強い……なんて強さ……」

クアルタは息も切れ切れになりながら、未だ立ち上がれずに居るテルセラと、自らを打ち倒した師匠の姿を見上げる。

「……もう二人とも立ち上がれんか。早かったがこれにて試験終了だ」


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前線拠点の食堂。弟子の二人は、ジャックのおごりで昼食を取っていた。

「まだまだ師匠には手も足も出ないですね……はは……」

顔に大きな絆創膏を貼ったテルセラ……尤も、これは生徒としての名前だが――が、アツアツのオニオンスープを飲みながら言った。

「……だが、俺が居なくなってから成長はしているようだな。それは安心できた」

ジャックにとって不安だったのは、自分が居なくなってから彼らが鍛錬を怠けていないかということだった。
しかしながら、試験前に二人が言った通り、お互いを練習相手として高め合っていることが確認できた。
それだけで十分だった。

「だがまだ実力不足だ」
「ええー?割と私達頑張ったと思うんですけど!」

クアルタはパンやベーコンにがっつきながら不満の声を上げる。

「ダメだな。二人とも俺に一太刀届いてすらない。まだ合格を認めるわけにはいかん。
 俺が道場に戻り次第、もう一度最後の試験をやるぞ。各自、それまでさらに腕を磨いておくように」
「「はい!」」

二人は再び小気味いい返事を返した。
そんなテルセラは、クアルタとともに空っぽの腹に食事を流し込んでいたが、ふと彼はあることに気づく。
以前の師匠にあって、今の師匠にはない何かを――

「あの……師匠」
「何だ?昼飯が足りないか?心配するな、もっと食えもっと――」

彼は笑いながら答えていた。しかし、ジャックはあまり人前で笑う人間ではないと、テルセラは知っていた。
いや、笑わないわけではない。先ほどのように、微笑むことはあるが、これほどまでにニコニコしているのは明らかに不自然であった。

「……イヴリスさん、見ないですね。何かあったんですか?」

ジャックの口が止まり、顔から笑いが消えた。
クアルタもそれに気づき、食事の手を止める。

「……言ったろ、ここは前線拠点だ、と。俺やイヴは第一部隊の人間で、最前線に立つ兵士だ。何があってもおかしくはない」

彼は手に持っていたスプーンを自分の皿の上に置いた。
テルセラは、彼の所においてある料理は全く量が減っていないことに気がついた。

「師匠……」
「あいつは今、非常に危険な状態だ。
 俺が守ってやる必要があるとは思っているが、俺も自分自身すら守れるかどうか分からん」
「……」
「言えるのはそれだけだ。分かったらさっさと食って、安全な街に避難しておけ。
 いつ戦いが始まるか分からん上に、お前らまで守れる程余裕はない」

黙って二人を見ていたクアルタも、不安げな表情をしている。

「……」
「じゃ、またな」

ジャックはそう言うと立ち上がり、結局料理を口にせずに立ち去って行った。

「……」

テルセラは、ただ彼が去っていくのを、無言で見送ることしか出来なかった。

「……手付けてないよね。料理食べていいかな」
「姉貴は頼むから緊張感を持ってくれ」
「分かってるよ。でも、今私達にできることって、師匠の不安の種にならないようにするだけじゃない?」
「……そうだけどさ」

自分の分は全て食べ終えたクアルタは、ジャックが手を付けなかった料理を口にし始めた。


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