FEZ小説 独立戦争編

ゲッダスらがゴブリンフォークの防衛任務に就いてから暫く経った頃。
アンバーステップ平原の前線拠点は相変わらずの雰囲気だったが、フィルは自室に篭もり、机にある大量の書類に目を通していた。
これらは全て彼が、彼の密偵であるガーランド・スリーサウンズ、レリシア・P・エイトフォールの両名に依頼して取らせたものだ。

そんな密偵の一人であるレリシアが、フィルの部屋に、開けていた窓から音もなく飛び込んでくる。

「……扉から入ってきてくれ」

彼女のダイナミック入室の様子を真顔で見ていたフィルだったが、彼は再び書類に目を通し始めた。

「フィル兄、ちゃんと読んでる?」

「ああ、読んでるさ」

「そう。ちょっと遅れたけど……これ、この前のアベルの『アレ』の情報をまとめてきたよ」

その言葉は、フィルに書類を読ませることを止めさせた。
彼はレリシアから大きめの封筒を受け取ると、それを慎重に開け、中の書類を手にした。

「……『召喚獣:キマイラ』……ね」

表紙には、小さな文字でそう書いてあった。フィルは、中身を読み進めた。


――『獰猛な野獣から取れる血』と、『宇宙の鉱物を含む水』を、錬金術で組み合わせることで出来る『魂の固体』。

それと、大量のクリスタルを用意して祈りを捧げることで、誕生する召喚獣、キマイラ。

エルソードに存在する研究所にて、ナイアス王の指示の下に優秀な研究員らの作業によって創り出された。

それは、レイス以上に強大な魔法の力を持っているが、未完成なため、召喚した時から既に体組織が自己崩壊を始めている。

しかしながら、その魔力と召喚者自身の命を使い、途轍もない強烈な爆炎を起こすことが可能。

非常に強力な召喚獣だが、クリスタルの消費量、その完成度自体や倫理的な問題が浮上した。

現在では、既にその研究所は閉鎖され、研究員たちの所在は不明――


「――なるほど、つまりはドラゴンに並ぶ『伝説の召喚獣』とも言えるわけか……」

フィルは書類を見た感想を、小さくこぼした。
ただ、フィルには、ここで一つある謎が浮かんだ。

「……どうして、『エルソードで研究』された『キマイラ』が、『ゲブランドの反乱軍』が使ってきたのか――ということでしょ?」

彼が口にする前に、レリシアが先に言った。

「そうだ。そもそも、エルソードのその研究所は今閉鎖されているそうじゃないか。
 それを作り出せる人間が、西ゲブランドに居る、ということか……?」

「もしくは、『魂の固体』は、研究所が残ってた頃のが余ってて、それを西ゲブランドに持ち込んだ人が居る……とか?」

「どちらにしろ、これが脅威の存在であることは間違いない。僕はこれを帝国軍に報告――」

フィルは、そこまで言いかけてはっとする。
そうだ、工作員が居たと、フィルは思い出した。

西ゲブランドは、現在こそ反乱軍が占拠している地域とはいえ、元々はゲブランド帝国の地域である。
エルソードは現在内政に手を焼いており、ゲブランド帝国との軍事的な関わりは非常に薄い。
そう考えれば、帝国軍を操作できるクラスの人間に、工作員の束ねる幹部が居ることは間違いないだろう。

「どうしたの、フィル兄?」

「いや……レリシア。君には話してはなかったが、どうやら第一部隊、ひいては帝国軍内部には工作員が居るみたいなんだ」

「それってアタシのこと?」

レリシアは笑って答える。

「……僕は冗談を言ってるわけじゃなくてね、真面目な話をしてるんだよ。君は違うだろう?
 最初は僕の命を狙ってきたわけだけどさ……現に、僕や仲間の危機を救ってくれたし、怪我を治療してくれた。
 そして、暗殺者達から僕を守ってくれたじゃないか」

ヘラヘラと笑うレリシアに対し、フィルの表情は至って真剣だ。いつになく真剣だった。
その様子を見た彼女は、なんだか申し訳なさそうな顔をした。

「……ごめん、フィル兄を試しただけ」

「僕は君を信頼してるから、そんな自分を卑下するようなことを言わないでくれ」

「そう言ってくれると本当に嬉しいよ」

彼女は、フィルの真っ直ぐな右目を見て、思わず顔を逸らした。

「……ともかく、優勢だったアベル渓谷だったけど、一瞬の隙に乗じて、キマイラで自爆攻撃を敢行した作戦が成功した。
 それも、内通者が居たためだと僕は思っている」

恐らくその工作員は、アベル渓谷北部を攻撃した際の支援隊一人――北に壁を建てた人間だと推定した。
しかしながら、その人間はフィルが見つける前に消息を断ってしまい、結局見失ってしまった。

「そういえば……」

ここで、フィルは少し前に会った男を思い出した。
書類を見て、彼の情報を見たことも思い出した。
『エルソード』の魔法学術院を卒業し、西ゲブランドで魔法の研究を行っていた男のことを――

(――エントム・ロジー・イグノランス……)

いや、彼だと決めつけるのはさすがに早計過ぎると、フィルは分かっている。
第一、ディランが信頼して紹介してくれた人間だ。いきなり疑ってかかれば、彼を裏切ることになる。

「レリシア」

「はい?」

顔を逸らしていたレリシアだが、名前を呼ばれてさっとフィルの方を向く。

「この前、第一部隊の参謀代理になった、エントムという男を知っているだろう?」

「……あぁ、あのジジイね。アタシのことを変な目で見てたけど、それが?」

「その人について調べて欲しい。この『キマイラ』の件、そして工作員絡みの話で何か引っかかるかもしれない」

ディランが渡してくれた書類は完璧だった。
完璧だったが、内容は個人の能力や実績に関することだけであり、彼の側面を書いたものではなかった。

「了解っ!」

「あ……レリシア、待ってくれ」

窓に足を掛けて、今にも飛び出そうとしていたレリシアだったが、不意に声を掛けられバランスを崩しそうになった。
フィルは机の引き出しから一つの小瓶を取り出した。

「これを持って行ってくれ」

彼女はそれを受け取った。小瓶の中には、小さな薬剤がいくつか詰められている。

「……これって、もしかして――」

「想像とは少し違うが……一時的に身体の行動を停止させて、あたかも死んだように見せかけられる薬だ。
 ゲブランド帝国の最先端の極秘技術を利用して作られたスゴイアイテムだよ」

「へぇ……」

小瓶をくるくると回して、いろいろな角度から薬剤を眺めたレリシアは、それを懐にしまった。

「万が一のことがあったら飲むんだ。捕まってからじゃ意味はあまり無いかもしれないが、戦場なら有効だろう」

「まっ、気休め程度に持っとくよ」

「任せたよ、レリシア」

フィルに軽くウィンクした彼女は、窓から飛び出していった。
大分高さはあると思うのだが、彼女ならではの着地術があるのだろう。

彼女を見送ったフィルは、机に戻り、再び『キマイラ』の書類を手に取った。


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