FEZ小説 独立戦争編

ちょうどゴブリンフォークにフィル達が到着した頃、反乱軍はアンバーステップ平原に宣戦布告を開始した。
アベル渓谷から反乱軍の行軍が開始されたことを確認したゲブランド帝国軍は、
アンバーステップ平原を中心に、鎮圧軍第一部隊・第二部隊・第三部隊を連合とした大規模な布陣を展開。

反乱軍と鎮圧軍の雌雄を決する戦いが、アンバーステップ平原において始まった。
第一部隊、第二部隊、第三部隊が防衛の布陣を展開している中、後方の前線拠点から広域通信を行う一人の男が居た。

「えー……、第二部隊、第三部隊の皆様、今回の決戦の総司令は、第一部隊の参謀代理のこの私、
 エントム・ロジー・イグノレンスが行います。どうぞ皆様お手柔らかにお願いしますね」

ラウエルはそれを聞いて、不満を漏らす。

「なーんかあの人、大丈夫なんですかねぇ……?不安しかないんすけど……」

彼の不満を耳にしたジャックは、ラウエルを激励する。

「安心しろ、第一部隊自体は今俺が率いている。
 問題が起こりそうになったら俺の判断で命令を下す」
「……そうすよね。期待してます!」

しかし、彼ら第一部隊の兵士から期待されているジャックだったが、彼自身も不安に苛まれていた。

(どうしてこんな時にお前は居ないんだ、イヴ)

彼女は、ジャックにとって、常に側に居る御意見番のような存在だった。
しかしイヴは、未だに前線拠点で眠ったままだ。
それだけではない。フィルも居ない、ディランも居ない、ゲッダスも居ない……正直に言って、今の第一部隊は穴ばかりだ。

「俺がついてるだろ」

そんなしかめっ面をしているジャックにそう言ったのは、コクマー軍団長のタッシュ。
アベル渓谷ではダアト軍団長のゲッダスと共に、北部戦線に参加していた両手ウォーリアだ。
彼とゲッダスの二人は、帝国軍の中でも名コンビとして知られている。

「すまん、正直に言うと忘れてた」
「俺も不安なんだよ、ゲッダスっていうストッパーが居ないせいでさ……いつ暴走するか分かんねえや。
 ジャック、俺が行き過ぎてたら後退指示頼むぜ」
「……」

人間というものは、孤独に生き、戦うには脆すぎる存在だと、ジャックは改めて実感している。

「それでは、作戦開始といきましょうか」

総司令のエントムの声が、兵士各々のクリスタルに響いていた。


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ジャック達は、オベリスクの力で活性化し、柔らかくなったクリスタルを採掘していた。
そして、彼はエントムの作戦を改めて考えなおす。

――敵は馬鹿正直に正面から来ることになる。

第一部隊・第二部隊は領域の多い北の防衛を、第三部隊は領域の少ない南の防衛を担当するように。

ふらつくことなく一定の戦線を保てば、地力ではこちらが有利のはず。戦線を横に広く保つように――

……というエントム談であった。

「ただ、俺達が考えなきゃいけないのは傭兵将軍ウィンビーンの作戦だ。
 ディラン殿の裏をかける程に徹底した軍略家らしい。
 アベル渓谷で敗北を喫することになった反乱軍の作戦も、ウィンビーンのものによるという噂だ……気をつけなければ」
「そうなんですか……ルーズビーン?って人、怖いっすね……」

彼の話をしんみりと聞いていたラウエルは、考え事をしているのが手が止まっていた。

「おい、採掘の手が止まってるぞ」
「アッ……すいません」

タッシュは、彼が軍団長であるコクマー軍と、ゲッダス不在のダアト軍を率いて、第二部隊と共に戦線の維持に向かっている。
ダアト軍所属の通信兵であるウォードは、今タッシュの元に居る。
ウォードの通信によれば、北方の戦況はこちらが僅かに優勢のようで、少しずつ戦線が上がっているようだ。

「よし……こんなもんでいいか」

ある程度の採掘が完了したジャック達は、第二部隊の採掘グループにクリスタルを預けた。
そして、ブリアー軍と、イヴ不在のエーテル軍を率いて、前線に向かうことにした。

「行くぞ、ラウエル」
「はい!」

戦況は優勢……ウォードからのその言葉を聞いて、ジャックに不安がよぎる。アベル渓谷もそうだった。
意図的に戦線を下げる戦術も存在することを知ったからである。

指揮のエントムは、アベル渓谷の時の戦術を把握しているのだろうかとジャックは思ったが、
『戦線を横に広く保つよう、頼むな』と言っていることを思い出し、杞憂だと割り切ることにした。

そもそもアンバーステップ平原は起伏の少ない地域であり、
それで戦線を横に広げられた場合は、さすがに容易に抜けられないはず……ジャックはそう思った。

そうこうしているうちに前線に到着した彼らであったが、思ったより前線が上がっているようだ。
さらに前方へ向かうと、第二部隊が最前線に、その背後からダアト軍が進軍していた。

「おい、ジャック!優勢だぜ!」

後ろを向いて手を振っているタッシュであったが、位置は相当に深いことは素人目で見ても分かる。
第二部隊はそれ以上に前方に居るのだから、明らかに異常である。
そんな中、ウォードが走ってこちらに向かってきた。

「タッシュさん、止まらないんですけど……!ジャックさん、止めて下さい!」

それを聞き、ジャックは急いでクリスタルを取り出すと、広域通信で命令を飛ばした。

「コクマー・ダアト軍!出すぎだ!下がれ!」
<<出過ぎィ!?>>

タッシュはクリスタルで応答を返す。
そうして彼が前方を見ると、前に居た第二部隊の主力が、いつの間にか反乱軍に包囲されていることに気がついた。

「うわああぁぁ!」
「助けてッ」

数で押していたはずの第二部隊の面々は、知らぬ間に反乱軍に数で押され始め、押しつぶされていった。
ダアト軍も、次第に周囲を包囲されていく。
ダアト軍についていけず下がり気味だったウォードと数名のコクマー軍はなんとか後退できたものの、
コクマー軍の大半とダアト軍は取り残され、圧倒的な兵士数の反乱軍に包囲された。

「くそがっ……!ただのカウンターじゃあねえかっ……!」

拠点からの距離差によって、兵力差が生じ、それによる戦況の変化が起こる。
そのため、『敵軍より領域が優位な位置を維持』し、『定期的に戦力を送り込む』ことが戦術としては基本である。
しかしながら、優勢だからと言って戦線を押し上げすぎると、劣勢方面に加勢した敵軍の数の方が大きくなり、数で不利になる。
これを『カウンター』と言う。つまりは、『戦線が崩壊した』ことを示す。

カウンターが発生した場合、一気に戦線を押し返されることになり、崩壊した戦線は一つの軍団が向かった程度では押し返せない。
これは出来るだけ避けなければいけないことだが、正しい指揮があれば起こることは基本的にありえない。

つまり、カウンターの責任は第二部隊をいつまでたっても下げなかった総指揮官、エントムにあると言える。

「俺が殿になる!下がれ!全軍後退急げぇ!」

タッシュの奮戦虚しく、反乱軍の波に飲まれていくダアト軍。
狂気の壁に轢き殺されていくタッシュらを見て、ウォードが叫びながら武器を構える。

「うわぁぁ!タッシュさぁぁぁぁん!!」
「ウォード!やめろ!お前が行っても何も変わらん!
 ブリアー軍、エーテル軍、戦線を下げるぞ!後退!」

距離が離れているうちに、ジャック率いる連合軍はすぐさま後退を開始した。
第二部隊の主力、ウォードと数名を除くコクマー軍、ダアト軍は反乱軍の兵士の波に飲み込まれ、消滅した。クリスタルの反応もない。

「エントム……っ!」

ジャックの怒りの矛先は当然、あの腑抜けた指揮に向いていたが。

「ジャックさんっ……退路に……っ!」

ジャックは、味方に憤慨する余裕も無いことに気付かされる。
ラウエルが指し示す方向……つまり退路――を見ると、数は多くないながらも反乱軍の部隊が待ち構えていた。
挟撃である。

「何――!?……ウォード、レーダーを頼む!」
「りょ……了解っ!!」

通信兵であるウォードが、戦域全体の地形レーダーをクリスタルで展開した。
『挟撃を受ける』ということは、『敵に先回りされている』ということである。
戦線を横に抜けた部隊は居なかったし、ジャックらの撤退を追い越したという話はありえない。
残るは、中央よりの森林だが……ちょうどこの辺り一帯は領域を確保しておらず、レーダーが機能していないようだった。

南方の勢力図を見ると、第三部隊は押され、戦線は不利になっている状態だった。
北方が優勢であったため、それは当然であるとも言えるが……。
ジャックは、南方を押し込んだ敵が中央を通り、北側に抜けてきたと推測した。

「ちっ――!」

ここで撤退に時間がかかると、戦線を押し上げてきた反乱軍に飲み込まれてしまう。

「俺が退路を切り開く!ラウエルついて来い!」
「は……了解っ!!」

ジャックは大剣を抜き、退路にある敵部隊に突撃していった。
ラウエルは剣を盾を構え、彼を追従して走って行く。

「『クランブル……ストーム』!!」

弟子との試験の時とは比べ物にならないほど巨大な竜巻を放ち、敵部隊の大半を吹き飛ばす。
その竜巻を紙一重で避けた両手ウォーリアが、ジャックに迫る。

「軍団長ジャッカード!覚――ゴアッ!」
「俺が相手だ!」

飛びかかった両手ウォーリアは、ラウエルの盾で突き飛ばされて大きく転倒した。

「おらっ!おらっ!これはイヴ様の分!」

転倒したウォーリアに、何度も盾による追撃を入れるラウエル。
これでもかとばかりに殴打したせいか、両手ウォーリアの顔面はすごいことになっていた。

「フゥ……大丈夫ですか、ジャックさん!」
「問題ない、助かった。……道は開けた!全軍後退急げ!」

敵部隊は吹き飛ばしただけで、壊滅させたわけではない。
後退が遅れると、体勢を立て直したこの軍団に足止めを喰らってしまう。
ブリアー軍、エーテル軍共に後退し終わり、ジャックらが後退を始めた頃に、ようやく挟撃部隊は復帰し始めていた。

「あれほどの反乱軍を一瞬で行動不能にするなんて……ジャックさん、さすがです!」

ウォードがジャックの前で立ち止まって、目をキラキラさせていた。
その後ろには、立ち上がろうとしている男ソーサラーが一人居たことに、ジャックは今更ながらに気がついた。

「ウォード!足を止めるな!」
「ゆ……許さん……『サンダー……ボルト……』!」

ウォードの元に飛来する一発の稲妻。それは地面に衝突すると、強烈な衝撃波を生み出す雷系中位魔法。
雷撃によって生み出された衝撃波は、ウォードとジャックをいとも簡単に吹き飛ばした。

「うわぁっ……!」
「ぐっ……!」

ジャックは幸いにも退路寄りに吹き飛ばされたが、ウォードは運悪く波の方へと転倒していく。
二人を分かつように、サンダーボルトが降ったのであろう。

「ウォード!!逃げろ!!」

ラウエルの言葉も、ウォードの叫び声も反乱軍兵士の波にかき消され、お互いに届くことは無かった。
ただ見えたのは、金属の反射光だけ……波に飲み込まれ、串刺しにされる彼の姿だけ。

「くっ……振り向くな!走れ!」

ジャックとラウエルは、退路だけを向いて走り出した。
一人の人間が生み出したカウンターは、多くの若い命を奪う結果となった。
しかし、その波は未だに止まらない。


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