FEZ小説 独立戦争編

アンバーステップ平原にて決戦が始まり、ゴブリンフォークでは死闘が行われていた。
規模の大小はあるなれど、どちらも『雌雄を決する戦い』ということは変わっていない。

ゴブリンフォーク本拠点の作戦会議室。
『蒼き焔』、ロイズ・レイシュトルムによって放たれる炎系魔法が、文字通り周辺に飛び火し、本拠点は炎に包まれていた。
その灼熱の中、死闘を続ける二人。

「はぁぁぁっ!!」

『蒼き焔』の左手の杖より放たれた火炎弾を避け、間合いに踏み込むフィル。
刺突剣を構えるが、彼の左手側から飛来する『隠し球』に気付くと、すぐさま回避行動を取る。

「……っ!」

眼前で爆発したそれは、威力は抑えられているものの、アベル渓谷で見せた巨大な爆炎の魔法に間違いはなかった。
フィルの左目の眼帯は焦げ落ち、銃弾に抉られた左目が現れる。

「くっはは!まだ完治は出来てないみたいだな、その左目!」
「……」

彼は、ロイズの笑い声を気にすることなく、無言で刺突剣を構え、再び向かっていった。
戦い始めは怒りに任せ剣を振るっていたが、今は不思議と心が落ち着いている。
戦いながら、彼は現在の状況を改めて確認する。

(……やはりソーサラーの相手は辛い。)

(こちらの攻撃が入ればほぼ勝ちだが、さすがは『蒼き焔』、そう簡単には通さないか……)

(逆に、こちら側の体力が少しずつ削られている。このままだと一方的に焼かれるだけだ……)

刺突剣を握り直したフィルは、ある覚悟を決めた。

(……仕方ない……一か八か、『あの技』しかないか……)

(研究では理論上だけに存在し、クヌートとの鍛錬では結局完成しなかった『ストライクダウンの発展』を……)

そうして、彼は刺突剣を眼前に掲げた。
唐突で、何やら意味深な行動に、ロイズは攻撃の手を止める。

「何だ、それは?」
「……」

彼はフィルに尋ねるが、フィルは無言のまま剣を掲げ、目を瞑りその場で立ち止まっている。
何かを呟いているようだが、物が焼かれる音でかき消され、ロイズには聞こえなかった。

「魔法の真似事か?飛んで跳ねるだけのフェンサー風情が!」

彼は右手に火炎球を作り出し、それをフィルに向かって勢い良く放り投げる。
その瞬間、フィルは目を見開き、ロイズへと走り始めた。
不可解な行動に彼は動揺したが、一瞬でそれを理解した。

「なっ……俺の魔法を――」

ロイズの放った魔法が、フィルに直撃する直前でその殆どがかき消された。
一部の火炎は通ったが、フィルの髪や防具を軽く焦がす程度にしかダメージを与えられていない。
驚いた『蒼き焔』だったが、気がつくと一瞬で距離を詰められていた。

「『イレイスマジック』――」

間合いの内側に入ったフィルは、刺突剣を彼の体に向けて突き出す。
刺さる手応えがあった。終わりだ――そうフィルは思い込んだ。

「……まだ終わってねぇっつーの……!」

ロイズは、フィルの刺突剣を自らの右掌で受け止め、体を横に捻り致命傷を回避していた。

「右手で――!」
「隙が出来てるぜ!」

フィルが驚いた一瞬のうちに、左手の杖から火炎弾を作り出し彼目掛けて放つ。
刺突剣を引き抜き、回避行動に移ったフィルだったが、避けきれず右腕全体を大きく焼かれてしまった。

「うぐっ……」

再び間合いの外に出る二人。
フィルは武器を振るう右腕を焼かれ、ロイズは魔法を放つ右手を貫かれた。一進一退の攻防である。

「はぁ……はは、やはり闘いはこうでなくちゃあな……!」

右手に空いた『穴』から流れる自らの血を舐め、息を切らしながらも余裕のある表情を見せるロイズ。
対して、一か八かの切り札を成功させたにもかかわらず、大したダメージを与えられずに苦悶の表情をするフィル。

(くそっ……!また『イレイスマジック』を使うには流石に集中が持たない……!)

(それに一回目は奇策として成功したものの、二回目からは見切られる可能性が高い……!)

ロイズは右手を振り払い、流れる血を払うと、左側の杖で魔法を詠唱し始めた。

「まだまだ時間はたっぷりある……さあ、殺し合おうぜ」
「……」

フィルもそれに対抗して、殆ど動かせなくなった右手に代わり、左手で刺突剣を持つ。
お互いに右手を失い、左手による第二ラウンドが始まった――


――ちょうどその時、フィルらは拠点が揺れていることに気がついた。

「な……なんだ……?」

フィルは突然の揺れに驚いているが、これは間違いなく拠点が自壊しようとしている揺れだと理解した。
ただ、火災が起きているとはいえ、本拠点は耐火性建築で、この程度の焼失でやすやすと崩壊するような建築物ではない。
彼は『蒼き焔』の方を見た。ロイズも相当驚いているようだが……。

「……バカがっ……は……早すぎるだろうが……あの野郎……!」
「……?」

フィルは、その言葉に疑問を覚えた。
まるで、『ロイズ』と関連を持った『何者か』がこの建築物を『意図して破壊しようとしている』可能性が――

「……あの野郎……あの野郎とは誰のことだ!?」
「あぁ!?何だって――」

ロイズがフィルに聞き返す間も無く、本拠点は崩壊を始めた。
壁は崩れ、床は落ち、天井は雲一つない星空をさらけ出した。


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「……っいてえ……」

ロイズは、右手の痛みで目を覚ました。暫く気を失っていたようだ。
外は大分明るくなっており、朝方の露がしんみりと肌に張り付いてくる。
隣には、崩れた拠点の瓦礫があった。記憶は無いが、何とか崩落する拠点の外へ脱出出来ていたようだ。

「ランス……!」

そこに、瓦礫に半分ほど埋まっているフィリップ・スコット・ランスの姿があった。
自分の体を押すようにして左手を突き出し、半身が瓦礫の下に埋まっていた。

彼はまだ気を失っているのか、肩を揺すってみても返事が無いが、まだ息は残っているようだ。
ロイズは、左手に持っていた杖で魔法の詠唱を始めた。


……


「……ちっ……そこまでするかい、普通」

ロイズは詠唱を取りやめた。
よく考えれば、拠点の崩落に対し、自分がこうしてほぼ無傷でいられたのは、彼が身を挺して自分を庇ったお陰かもしれない。
彼は最後に、呟いた人間のことについて尋ねていたような……ロイズは、そんなことを思い出し、今までの経緯を思い返していた。。

その人間から、村を焼き払ったのはランス一家だと言われた。いや、吹きこまれたのかもしれない。
確かに、二人組の誰かが焼き払っている姿は見た。彼らのうちの一人は楽しそうな顔をしていた。だが、彼らの顔までは覚えていない。
その犯人を必死で探している途中、ゲブランド帝国にて、ある一人の男に出会った。
彼は「村を焼き払ったのは、帝国軍のランス一家だ」と教えてくれた。
その証拠として、彼は、ライオネス・レノテール・ランス率いる軍団が、ちょうどその村を通っていたことを挙げた。
ロイズは、信じた。

そして彼は、ランス家に仇討ちする好機と見て、蜂起に乗じ、今まで戦い続けた。
その男に再び再会した時は、フィリップをゴブリンフォークまでおびき寄せるためにこの作戦を練り上げてくれた。
そして先ほどまで、ランス家の主であるフィリップと死闘を繰り広げた。
その男曰く、「確実にフィリップを仕留めるために拠点を崩壊させるから、始末したら合図をくれ」と――

結果としては、教えてくれた男にはフィリップ共々殺されかけ、村を焼き払ったはずの男には助けられ、散々なものであった。

「間違っていたのは、俺だったんだろうな」

懐から煙草を取り出したロイズは、小さな炎魔法で火を着けた。
彼は、煙草は吸わない。しかし、煙草の先端が、小さいながらも少しずつ燃えていくのをじっと見るのが好きだった。
精神をその先端に集中させることで、彼は落ち着きを取り戻していく――

「……はぁ」

ため息を一つついたロイズは、懐から『ハイリジェネレート』の瓶を二つ取り出すと、
一つを自分で飲み、もう一つをフィルの前に置いた。

「いろいろ悪かったな、フィリップ君。また、会える時があったら会おうぜ」

そう言って、彼はふらふらと不安定に歩きながらも、この場から立ち去った。


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「――!――!」

誰かが声を張り上げているのが遠くで聞こえる……

「――フィル――!」

誰かが自分の名前を呼んでいるのが遠くで聞こえる……

「フィル兄!フィル兄ぃっ!!」

誰かが、自分の体を遠くから揺すっているのが――

「……ん……」

フィルは、うっすらぼんやりと目を覚ました。
自分の側で力なく座っていたのは、到着が遅れると言った自分の密偵……

「もぉー……永眠しちゃったかと思ったよぉ……全く」

レリシア・プラム・エイトフォールだった。彼女の目は、少し赤くなっていた。
フィルは、全身の神経が悲鳴を上げていることに気がついた。
右手の火傷もさることながら、瓦礫に飲み込まれた時の打ち身は全身に響いている。
そういえば、瓦礫に埋まる直前、ロイズを外へ押し出した気がしたが……

「レリシア、ここにもう一人、ソーサラーが居なかったか?」
「え?見てないけど……どうしたの?」
「いや、知らないなら問題ない」

彼は、ストライクダウンを放つ時のように、自らの精神を落ち着かせた。
右手の火傷の痛みが少しずつ引いていくのが分かる。この感覚は『ハイリジェネレート』だ。
恐らく、レリシアが飲ませてくれたのだろう。

「そうだ……アンバーステップに戻らなくちゃ……」

フィルはそう言って、体を持ち上げようとするが全く持ち上がらなかった。

「今はダメよ!動いちゃダメ!」
「ああ……大丈夫だ……大丈夫……」

レリシアに諭され、すぐに元の体勢に戻す。
なんとか両腕が動かせる程度で、腰から下に力を入れようとすると激痛が走る。
暫くは『ハイリジェネレート』の効力が全身に回るまで、迂闊に動かない方が良いだろう。

「……オスカーとガーランドは……無事に着いただろうか……」

今頃、アンバーステップ平原で戦闘が始まっているのだろう。
彼らは加勢することが出来たのだろうかと、フィルが二人の名前を呟いた時、レリシアがぐずっと鼻をすすり涙を浮かべたことに驚いた。
それだけではない。彼女も、体のいろいろな所が傷だらけであった。
まるで、何かから逃げ延びてきたかのような――特に、首元についた傷は、今にも血が吹き出しそうだ。
彼女は治療に学のある人間なので、応急処置は済ませているだろうが……

「あたし、二人と会ったよ」

涙ながらに、彼女は口を開いた。

「会って、あたしが調べたことを二人に簡単に説明したんだけど、その時に敵の襲撃を受けて――」

どうやら、オスカーとガーランドの二人は、レリシアを逃がすために奮闘したらしい。
その後二人がどうなったのかは分からないそうだ。無事であれば良いが、とフィルは思った。

彼女は、涙を手で払うと、鞄から書類を一つ取り出した

「……これ。前に言ってた『エントム・L・イグノレンス』の調査内容」

それを手に取り、中身を読み始めたフィルは、驚愕の真実に己の目を疑った。

「え――」


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