FEZ小説 独立戦争編

戦火に包まれるアンバーステップ平原。
反乱軍と正規軍による一大決戦が繰り広げられていた。

――が、第一部隊の半数、第二部隊のほぼ全てが壊滅した今、正規軍の戦況は絶望的であった。

北の防衛を担当していた第一部隊・第二部隊であったが、指揮のミスにより、結果として3/4の戦力を失った。
第三部隊は最初から戦線を下げることを主体で行っていたため、それほどに大きな被害を受けてはいないが、
その戦線を下げたことによる影響が、北方の戦線に小さくない影響を及ぼした。

今は、北方・南方どちらも前線拠点にまで押し込まれている状況だ。
以前のアベル渓谷の、反乱軍の様子を体現しているかのようだった。
だが、正規軍は『キマイラ』のような召喚獣は持っていない。
『レイス』を召喚する分のクリスタルは拠点にはなく、『ナイト』すら出せる余裕は無い。
反乱軍は、アンバーステップ平原の前線拠点の目前にまで迫っていた。

そして、ゲッダス率いる防衛軍が駐屯し、フィル隊長らが救援に向かったゴブリンフォークからは、一切の連絡が無い。

「第三部隊は何をやっている!?
 あのエントムのバカ司令は何を考えている!?」

憤りを隠せないでいるジャックは、拠点の壁を何度も叩いた。
その様子を見た第二部隊採掘隊員の女兵士は、必死に彼の腕を止めようとする。

「落ち着いて下さい、ジャック様!」
「くっ……!」

分かっている。ジャックは分かってはいるのだが、どうにも怒りをぶつける先が壁しかなかった。

「第三部隊は、戦線を下げることなく、戦力を損なうことなく戦ったんだろ!?じゃあどうしてここで戦力を集中させない!?
 もう少し待てば、第二部隊の採掘隊がクリスタルを持ち帰ってくる!
 それでレイスを召喚して、逆にカウンターを押し込むチャンスじゃあないか!」

ここで指示を出しているはずのエントムも、今はここには居ない様子だった。
隊長の権限を譲渡されておきながら、こうも押し込まれるような戦況になるとは……
彼は両手を握りしめ、自分の無力を悔いた。
そんな彼に、一人の兵士が走り寄り、倒れこんだ。

「ジャック殿ぉ……!」

その兵士の防具は、ボロボロになっていた。一目で、採掘隊が襲撃を受けたことが分かった。

「我々第二部隊の採掘隊は……輸送中に襲撃を受けました……!
 軍団はほぼ全滅……輸送できたクリスタルはこれだけしか……」

兵士が懐から少しだけクリスタルを取り出した。
この程度では召喚を出すことは出来ない。精々、『エクリプス』を1つか2つ立てるのが精一杯だろう。

「申し訳ありません……我々では力……及ばず……」
「あ……あぁ……」

そう言って、男は力尽き、手に持っていたクリスタルは無残にもそこにばら撒かれた。
女兵士の目は、活性化し終えたクリスタルのように、輝きを失っていた。

「……第三部隊さえ集結出来れば……!」

ジャックは、第三部隊の集結に最後の希望を掛けたその瞬間、ジャックのクリスタルに通信が入った。
相手は、前線拠点より少し後方にある退路を確認させるために向かわせたラウエルであった。

地図を見ると分かるが、エイケルナル大陸の玄関口であるアンバーステップ平原と、ストリクタ大陸の玄関口であるベルタ丘陵は、海路を通して繋がっている。
海路以外の撤退方向となると、アンバーステップ平原からウェンズデイ古戦場跡を通過し、ゴブリンフォークへ行く他無かったが、
ゴブリンフォークが襲撃を受けている以上、ウェンズデイ古戦場跡は既に反乱軍が制圧しているものと、ジャックは考えた。
そのため、事実上の退路は、ジャコル丘陵・ベルタ丘陵へと向かえる海路しか存在していなかったのだが……

<<こ……こちらラウエル!>>
「こちらジャック。どうした?」

ラウエルの様子がおかしいことに、ジャックらは不穏な空気を察した。

<<ありません……撤退用の船が全部……ありません……!!>>
「な……に……?」

ジャックは思わず絶句した。
通信を聞いていた第二部隊採掘隊の二人の顔も、色を失い蒼白になっていくのが分かった。
間違いない、第三部隊や、エントムの面々が撤退用の船を全て使っていったのだろう。

「っ……くくく……ハッハッハッハ!!
 あのくそったれ司令め、最初からこういう腹づもりだったわけか!ハァーッハッハッハ!!」

ジャックは何故か、怒りより先に笑いがこみ上げてきた。

「クソがっ!!」

彼は思い切り拳を壁にぶちかました。
石を組み合わせて出来た壁だが、彼の拳は傷つくことなく、石は砕けている。

「……とりあえずラウエル、戻ってこい」
<<……了解……>>

そう言うと、彼は通信を切った。
そうしてジャックは、改めて現在の状況を確認した。
退路:無し。クリスタル:無し。残戦力:彼が率いていた第一部隊のブリアー軍とエーテル軍。
戦況は圧倒的に不利――いや、敗北が確定しているようなものだ

「あ……ジャック様……」

女兵士が口を震わせながら提言した。

「もう、いっそのこと反乱軍に降伏しては……」
「それは俺も思ったが……外を見れば分かる通り、あいつらは首都で起きる暴動よりも凶悪だ」

ジャックは、先ほどのカウンターを思い出していた。

「あいつらは、俺達の命を助ける気なんてさらさら無いだろうな。
 第一、ゲブランド帝国は西ゲブランドの恨みを買い過ぎた。そのツケを払う時が来てるんだ、俺達下々の者が……な」
「そんな……」
「まぁ、戦うつもりが無いなら拠点で武器を捨てて立っているといい。俺は戦うがな」

ジャックがそう言ったその時、拠点の正面扉が武器で思い切り叩かれるような音がした。
まるで、どす黒い波が押し寄せるような……少なくとも、善意のある相手では無さそうだった。

「ホォラ、元気一杯な奴らがやってきたぞ。
 為す術の無くなった奴を相手取ると途端に元気になるのは、西も東も変わらない悪い癖だ」

叩かれる内に、扉の蝶番が壊れ始めた。もうこの扉は持たないだろう。
ジャックは、通信クリスタルを手に取り、広域通信を行った。

「全軍、敵は拠点正面だ。迎撃準備!」

彼の号令と共に、反乱軍の波は扉を破壊し、その姿を表した。
正面から飛び込んでくる片手ウォーリア、両手ウォーリアそして短剣スカウト!

「オラァ――」
「『ライトニングスピア』」

ジャックが大剣を振りかぶろうとしたその瞬間、その三人の間を極太の稲光が走って行く。
雷魔法の直撃を受けたその三人は、体を震わせて黒い煙を吐き、絶命した。

「話全部聞いちゃった。一人だけで楽しむなんて最低ね」

前線拠点の広間の二階から女性の声が聞こえた。ジャックにとって、最も聞き覚えのある声が。
そのヴィヴィアン一式を身に纏った雷ソーサラーは、額に巻かれていた包帯を投げ捨てる。

「ねえ、私も混ぜてよ」

ジャックは、彼女をチラと見ると、軽く笑った。

「起きるのが遅せぇよ、イヴ」
「王子様のキスを待ってたんだけどねぇ……中々来なかったから起きちゃった」

そうしてもう一人、片手ウォーリアが後方の扉から駆け込んできた。
退路の確認をさせたラウエルだ。

「やっべ……もう始まってる……!」

ラウエルは背負っていた片手剣と盾を構えると、ジャックの隣に走っていく。
それを上から見たイヴは、その新米片手ウォーリアに声を掛けた。

「お、私のパシリがジャックにパシられてる」
「その声は……イヴリス様ぁぁぁぁ!!!」

声を聞いたラウエルは、柱をよじ登り柵から二階へと飛び上がる。

「このワタクシラウエル、絶対にイヴリス様の元を離れません!」
「ンフフ、有難うね。でも私はジャックのものだから……残・念・で・し・た!」
「そんなぁー」

ラウエルはしょげた顔をする。そんな漫才のような二人を見て、ジャックは呆れた顔をする。

「おいお前ら。喋るのも良いが、敵さんがお怒りだぞ」
「……オウ、分かってくれてるじゃないか、若いの」

拠点に流れ込んできたうちの反乱軍の大男が、ジャックに話しかけた。
武器や防具を見るに、恐らく敵の軍団長か何かだろうと彼は推測する。

「そういうお前も、気が効いてる方だよ」
「最後ぐらい楽しませてやってもいいだろう……ただ、ワシも楽しませて欲しいもんだがね」

大男は、背中から巨大な大剣を担ぎ下ろすと、それを斜めに構えた。
ジャックはその様子を見てため息を一つつき、先ほど絶命した両手ウォーリアが落とした斧を拾い上げた。

「じゃあ、せっかくの『最期』だし、お言葉に甘えて、俺も本気で楽しませてもらうとするか」

その様子を見ていた大男は、感嘆の声を漏らした。

「――『両手』鰤たぁな。最高だね、若いの」

ジャックは左手に大剣を、右手に両手斧を持ち、それを正面に構える。
大男も、改めて巨大剣を握り直す。
ジャック率いるコクマー軍、イヴ率いるエーテル軍の最期の戦いの火蓋が、切って落とされた。

「いくぜ――」


next