FEZ小説 独立戦争編

ゴブリンフォークからアンバーステップ平原へと向かうフィルとレリシア。
二人とも満身創痍だったが、それでも行きと同じぐらいには、早く走った。

レリシアが集め、フィルが見たエントムの情報――

――エントム・L・イグノレンスはエルソード魔法学術院を卒業した後、その学院を擁するエルソード魔法研究院に勤務していたことがあった。

『召喚獣:キマイラ』の研究は、実はその研究院で極秘裏に行われており、卒業時期・研究時期を照らし合わせて、彼はその研究に一枚噛んでいることが推測された。

その後、収入の良い西ゲブランドの魔法研究施設に引き抜かれ、そこでの魔法研究を生かし、軍に研究を提供するようになった。

正規軍のある部隊の副参謀として勤めてはいるが、功績を残した研究員の天下り先として裏で利用されているだけであった――

ただし、レリシアの隠密調査でさえ、彼が『どういった目的』があって『鎮圧軍側に工作をする』のかは分からなかった。

彼女の情報を鑑みて推測できることは、エントムは損得で簡単に動く人間だということ。
例えば、彼に強力な後ろ盾のような協力者が居たとして、彼に莫大な金銭を提示すれば、彼は二つ返事で行動を開始する人間だろう。
と、いうことは、彼の行動の目的自体は単純に『金銭や自己の損得』であって、その協力者の目的のために働いていたとも考えられる。

つまり、彼のような工作員を『容易に前線の指揮に送り込める』協力者が居たとしたら――

フィルは、推測できる事柄に恐れ慄いていた。何しろ、そこに当てはまる人間は一人しか居ないのだから。

そうして彼らは、アンバーステップ平原北部にある山の八合目までやってきた。
レリシアは先の奇襲を警戒しているのか、周囲や背後を何度も確認しながら進んでいるようだった。
この周辺は崖になっていて障害物が少なく、山頂からならアンバーステップ平原の北半分は一望出来る。
フィルらの体力は既に限界だったが、体に喝を入れて足を動かしていった。

「山頂だ……」

そして、ついに山頂に到着した。
フィルは左目を凝らし、東にある自軍前線拠点を見る。
崩壊はしていないものの、煙が絶えず上がっている。
アンバーステップ平原は北半分しか見えないが、オベリスクの立ち方を見る限り、防衛側が圧倒的に劣勢である。

「間に合わなかった……のか……?
 ……いや……まだ戦ってる人は居るかもしれない!」

第一部隊の隊長は嘆いた。しかし、それも一瞬だった。
すぐに、彼は拠点に向かい加勢することを決めた。

「レリシア!僕達も拠点に――」

フィルはそう言って後ろを振り向いたが、そこに彼女の姿は無かった。
よく見るとレリシアは、少し後ろの方にある岩に、体調が悪そうにもたれかかっていた。
彼女は、口からは血を吐いており、肌の色も白くなっていた。

「ひひ……フィル兄……」
「レリシア!!」

フィルは形相を変えて、転びそうになりながらも駆け寄った。

「……遅効性の毒……みたい……」
「毒だって!?そんなものいつ――」

フィルは、彼女を様子を思い出す。
レリシアと再会した時は既に傷だらけだったが、特に目立った傷が一つ首元にあったことを。
恐らく、そこにこの超遅効性の毒成分を打ち込まれたのだろう。

フィルは毒素について学ぶ短剣スカウトではないし、解毒に対する知識は教えこまれていない。
正直に言って、彼には手の打ちようが無かった。
しかし、彼は諦めずに彼女を抱え、治療の行える所まで運ぼうとしていたが、レリシアに止められた。

「……フィル兄、聞いて……」
「何だい……?」

何もレリシアにしてやれないフィルは、静かに彼女の話を聞くことにした。

「ずっと、言い聞かされてた……ランス家みたいに……国に尽せるような人間、貴族に……なれ……って……」
「……」

エイトフォール家は、ランス家と同じく代々国に使える貴族であった。
ランス家ほどに功績を上げていたわけではないが、同じような立場の貴族家として、エイトフォール家はランス家を目標としていたのだろう。

しかし、同じような立場といえど、歩む道は違ってしまった。
方や鎮圧軍の部隊長と任命されたフィル、方や人の目の前すら歩けないような暗殺を生業として生きてきたレリシア。
歩む道は違ったが、幼い頃から彼の一家に追いつけ追い越せとされてきたレリシアには、彼の存在はとても、とても眩しく見えた。

「あたし、の……目標で、憧れ……て……た……フィル兄……あたし……は、ね――」

そう言ったきり、彼女は動かなくなった。口も、指も。

「……レリシア」

フィルが名前を呼んでも、元気よく返す彼女の姿はもう無い。
彼女の綺麗な髪は泥で汚れ、彼女の綺麗な顔は、所々赤い血で染まっていた。

「……」

彼は、何も言えなかった。今にも叫びたい気持ちだった。泣きたい気持ちだった。
実際、何も出来なかった。何も守れなかった。何も変わらなかった。
やったことは、軍を率いて、軍を潰したこと。生き残ったのは自分一人。
これは、自分が隊長を務めたのが原因だったのだろうか。

そんな自責の念に囚われる彼の背後から、一人の男が向かっていく。
その殺意に気づいたフィルは、素早く刺突剣を引き抜くと、男が持っていた短剣を『ストライクダウン』で受け流す。

「おおぅっ!」

男は驚き、短剣を落として一歩飛び下がった。
それは、第一部隊の参謀代理を務めていた男だった。

「エントム……!」
「フィリップ殿……よくぞご無事で……」

彼のだらしのない顔を見ていると、第一部隊の仲間たちの顔が浮かび上がり、
そして、ロイズの時とは比べ物にならないほどの怒りがこみ上げてきた。

「エントム貴様ぁ……!!」
「ひぃっ!」

男はフィルの憤怒の形相に恐れを成して悲鳴を上げたが、男の背後から、もう一人の男が手を差し伸べた。

「ここは私が」

そう言って現れた男は――。


----


アンバーステップ平原の前線拠点。
幾多もの戦闘でボロボロになったそこは、廃墟と呼んでも差し支えの無いほどに破壊されていた。

しかし、まだこの拠点は『陥落』していなかった。

両手に武器を持ち、血みどろになって立つ男――未だ立っていたのは彼一人だった。
もう反乱軍兵士の姿も、正規軍兵士の姿も見えない。あるのは、拠点の隅に死体の山が積み上がっているだけ。

朦朧とする意識の中、男は広間の二階に上がり、ある女性を探していた。

「イヴ……」

彼がその名を呼んだ女性は、もう既に生きてはいない。
奮戦したものの、元々怪我も完治しておらず、極端に魔法を連射したのが原因で、心臓発作を起こしてそのままこの世を去った。
イヴは、最期にその男の名を呼んでいた。激戦の最中だったので、それに振り向くことも出来ず、彼女をその目で看取ることも出来なかった。

彼女を守っていた新米の騎士ラウエルも、彼女の容態の変化に動揺した一瞬の隙を突かれ、切り刻まれた。
彼が率いていたブリアー軍団の面々も、生きている者は居ない。皆、前のめりに倒れていた。

男は武器を放り投げ、魔法の反動により少しずつ自壊が始まっている彼女を抱え上げると、拠点を出て、アンバーステップの北方へと向かい始めた。
彼は特に退却をしているつもりではなかった。体力が無くなって野垂れ死ぬか、増援が来て追いつかれるかのどちらかだろう。
そうしてイヴを抱えたままウェンズデイ古戦場跡へと着いた彼は、川岸に立つ木々に身を委ねることにした。

「フッ……こうゆっくりと景色を見たことなんて、無かったな。今まで戦いに明け暮れる人生だったからな……」

満身創痍の男は一人呟いた。もちろん、誰に向けて言った言葉でもない。
川は命の源だと彼は考えている。どんな時でも何かの命が生まれ、何かの命が育まれ、何かが命を落としている。

(少し……寝るだけだ……
 元気になったら……すぐに……帰るさ……テルセラ……クアルタ……)

そうしてジャックは、静かに目を瞑り、自然に身を委ねた。


next